何さ!バルサ、何さ!

monna88882013-10-26

目覚まし時計に起こしてもらうと外はまだ真っ暗。雨も降っています。そして今の私にはダウンベストがない。極限まで減らした荷物、重ね着でしのぐしかないと落ち込みそうな瞬間に思い出しました。そうだ、リュックの底にユニクロのペラペラダウンジャケットがあるじゃないか!丸めると小ぶりのパイナップルほどの大きさで、冬場には震えるほど寒く、春秋には投げ捨てたくなるほどクソ暑くなるあのジャケットが!ユニクロありがとうと抱きつくように着込んで、ヒロシアドバイスに従って朝の6時、タクシーでアルハンブラ宮殿のチケット売り場へ行ってみると先客は6人でした。



屋根の中の人と、屋根に入れない人で傘を貸し合う ナスルのため。ナスルでは誰もが最初の部屋で絶頂を迎えているがメインはそのまだ先に…


だんだんと空が青くなり始めたその頃、ゲートは開きました。警備員さん、お掃除の人、並んでいた人たち同士、受付の人、みんなでオラ!オラ!と挨拶を交わして当日券とナスル宮8時半の入場をゲットすることができました。アルハンブラ宮殿へ一歩踏み込んだ瞬間、身体の何かが開けて行くのがハッキリとわかります。そして自分がここにいることが普通に実感できます。日本から自転車ほどのスピードでやっとここスペインに、私の魂はたどり着いたのかも知れません。久しぶりに大きく息を吐き切って、アルハンブライスラム文化を新しい目になって吸収し尽くします。クッキリとそびえ立つレンガ色の王宮と、濃い緑の庭木、その間の砂利道と目の前には青さを取り戻しつつある空。ナスルへ入ると、壁一面の彫刻、それも遊び心があって手ぬぐいになりそうな模様もあって、自由さもある。建物全体も、角度を変えていたり後から作り足したり、ピクニックのためだけに作ったような絶景ポイントもありました。どこをどう歩いても、何と言っても見渡す景色の赤煉瓦が、最高の見せ場です。王宮よりも庶民の暮らしの方が美しいだなんて。

  

朝いちばんの空氣だからこその樹林や王宮、石垣たちとの親密さ。そっと邪魔しないように氣配を消して歩き続けます。ナスルを出て、難攻不落の要塞と言われたベラの門、きっと絶景に違いがないと思うと、まずはTPに上がってもらいます。下から要塞のテッペンに登って、こちらに向けているショットをパシャッと映したら、あらまあデヂカメ電池切れです。よし、これでカメラの目じゃなくて自分の目で見ることができる。意を決して、石段を一歩ずつ踏みしめて上がります。登り切ったところには、世界が一回転半しちゃったかのような絶景、人々がいかに家を、人生を、人を大切に生きて、楽しく悲しく、怒りながら、笑いながら生きているのかがはっきりと伝わってきます。「もし今、この瞬間に自殺をしようと思っている人がいるなら、全財産はたいてでも、いや、誰彼に頭を下げて借金をしてでも、この景色を見てみて!」知らないけれどきっとどこかにいるであろう誰かに向かって、本氣でそう口に出していました。


心のどこかでモワッと引っ掛かっていること、この後どうするかということです。まず、帰りの飛行機が出るバルセロナへは移動せねばならない。でも飛行機代はバカ高い。でもバスは宿の人、ヒロシ、街で少し話した人、誰に聞いてもプーッ(スペインの人がよくやるジェスチャー。お手上げ、とか絶対ダメでしょ、とかそれは無理)と口をアヒルにしてプルプル音を出されます。ならば寝台列車は?昨日駅で訪ねたところでは、日曜日まで満席だったっけ。ウノ、ドス、ウノ、ドス、ラクエンタ、プルファボル。掛け声をかけながらまだまだ続く庭園を登って花園を迷走して写真も撮れないままにまたウノ、ドス、と降りて来ます。ポンッと出口。タクシーに乗ってまずはバスターミナルへ。ジャケット、届いているかな。「今日はオレ、フェリペ家方式で歩いたわ」プラドで遅々として進まなかった常設展のことを言っているんでしょうか、まだまだまだ先があると教えた瞬間にスタスタと早歩きになったっけ。フェリペ家方式が功を奏すかどうか、まずはバス、次に電車で試さねばなりません。



ユーロ両替に向かったTPと別れて、何度も通ったバスターミナルのインフォメーション、何と今日は別の人が座っています。列に並んで、忘れ物は届いていますか?とダウンジャケットの絵をまた見せます。届いていないとのこと。膝から崩れ落ちる思い。後ろに並んだおばさまもスペイン語で励ましてくれています。私があまりにも落ち込んでいるからか、受付の人はどこかへ電話をしに行ってくれました。なかなか通じないよう。10分たっても20分たっても帰って来ないので、並んでいるおばさま、お姉様、おじさまたちに向かって、スペイン語の本を広げて「Siento haberle hecho esperar.(シエントアベルレ、エチョ、エスペラル)」お待たせしてごめんなさい、と謝りました。すると先頭のおばさまが「いいのいいの。旅行者のあなたは氣にしなくていいのよ。みんな時間はたっぷりあるし、急いでいるんだったらここに並ばなきゃいいんだから。スペイン人は旅行者には親切にするのよ」というようなことをスペイン語で言ってくれたので、私もうんうんとうなずいていると、後ろの女性が「彼女はスパニッシュじゃないわよ」と言い始め私にも「あなた、スパニッシュじゃないわよね」と言うのでまたうんとうなずいたところ、おばさまは「スパニッシュじゃなくたってねぇ、スペイン語は世界の言語なのよ。英語がわかる人はスパニッシュがわかる、そういうものなのよ。彼女はちゃんと理解していますよ」風のことを言って、私ににっこり微笑んでくれました。受付の人は戻って来ない。後ろに並んでいたインド人風の男性が突然、「コーヒーは飲めますか?」と話しかけてくれても、私にはさあ、わかりません、飲みたければ飲めるんじゃない?と答えるのが精一杯。すると「じゃあ、外でコーヒーを飲みましょう」とジェスチャーをくれたのでこ、これはナンパ?心のナンパ手帖に有り難く加えさせてもらいました。そんなことはさておき、長蛇の列ほっぽらかしの受付の男性は、別の人に電話を託して戻ってきて、やっぱりマドリードに戻ったバスの中には無かった、そう最後の通達をくれました。無かった。これで全ての望みは断たれた。無い、無い、申し訳ないけど、ノー。そう両手を広げて、ダウンベスト問題は終わりになりました。


タクシーで近くの駅へ向かいます。電車の駅では、12時45分発、20時20分バルセロナ着という絶妙な時間帯のチケットを取る事ができました。印字されたチケットを見ると、乗り換えた先はAVEとあります。AVE!?あの、憧れの高速列車。軽く上がるテンション。つるっぱげの車掌さんが来て、サンターナで乗り換えだよ、サンターナと何度も繰り返してくれます。私もサンタアナ到着時間にセットした目覚まし時計を見せて、うん、とうなずくとプッと笑ってくれました。


電車はスーッと音も無く走り出しました。あのジャケットはもう帰って来ないんだ。でももし今バスターミナルに行ったら、あるかも知れない。もしかしてポケットの中のハガキの送り先、RCの家に届けてくれるかも知れない、そう淡い期待を持っては、スペインの寒さに耐えられるようにとあのベストを一所懸命選んだっけ。もう会えない、会えない。TPも、おかしいな、オレ、いつから廃人と旅行しとうっちゃろうなどと言っています。


またしても、どこまでもどこまでもどこまでも続くオリーブの木。これだけあればオリーブオイルも安く買えるわけだ、今度から大切に使おう。本当にスペインなんだな。車窓からの景色を眺め続けていると、ふと、「ジャケットぐらいで何さ!」と力が出始めました。そうだ、死んだわけじゃない。ジャケットが無いからって今凍えているわけじゃない。大切な手紙がないからってRCとはまた直接会うことができる!そう思うとメキメキ力がわいてきました。物に執着したんじゃない、あれだけの人達に迷惑をかけて、一所懸命さがしてもらって、後ろの列に並ぶ人たちにも心配してもらって、なぐさめてもらって、それがハッピーエンドにならなかったことが切なかったんだ。左手の甲に、ボールペンで「ジャケットぐらいで何さ!」と書いてみました。

何度も左手の決意を眺めて サンタアナ駅は見渡す限り草原 AVEの食堂メニュー


AVEは快適、快適です。左手の決意を何度も眺めながら、食堂車へ行ってみました。まずはカフェ。そしてセルベッサ。そしてセルベッサお替わり。沈み行く夕日。AVEは高級列車。地元の人でもそうそう乗れるものではないかも知れません。少しずつ日が暮れて、少しずつ都会の景色が見えてきます。ジャケットぐらいで何さ、ついにバルセロナに着きました。


サンツ駅に降り立った瞬間、バルセロナのユニフォームを着た老若男女&日本人の嵐、駅の外でも地下鉄でもバルサファンたちが大騒ぎしています。中心地のカタルーニャで降り、エスカレーターを上がっていると私のスカートの右ポッケに人の指がソーッと入ってきました。「うぅぎゃっあああ〜〜〜」周囲の人が震え上がるほどの恐ろしい声が思わず漏れます。振り返ると氣の優しそうな青年が私のスカートの脇ポケットの上にMacBookみたいなものをかざしています。幸いにして財布はポケットの中にあったので自分の勘違いかと思い「ごめんね、勘違いしちゃった、本当にごめんごめん」と手を合わせて謝ると、ニコニコといいよいいよ、氣にしないでと励ましてくれます。笑顔で別れると、彼は再び元来た道を戻って行きました。す、スリだったんだ。人の指が自分のポケットに入って太ももに触れる感覚。ゾゾーッ。ノージャケットのこの身にはこたえるわ。



エスカレーターを上がるとバルサファン達が街灯によじ登って大騒ぎをしています。バルサの洗礼を受け、すぐ目の前の宿、NOYAに飛び込む。ゆったりしたお婆さんがまたおいでおいでと部屋へ招き入れてくれて、風呂はここ、トイレはここ、案内してくれます。(共同ってこと!?)弱った心でそのままチェックイン。ひと呼吸置いて、外へ繰り出して人氣のバルへ向かうも、カウンターの席を確保できず、ねばってカーニャグランデだけをがぶ飲みして惨敗で帰ってきます。宿のお隣りでやっと晩ご飯。宿のベルを押すと、またしても寝間着姿の御主人が、眠たい目をこすりながら出て来てくれました。部屋に戻っても玄関のチャイムは聞こえて来ます。その度に出て行く御主人の声。男二人組など「Can you speak English!」と怒り声。それにもスペイン語で答える宿の人。バルセロナって、覚悟がいるわ。戦う覚悟で向かわねば、この街では生きて行けない、そうメラメラと内弁慶はメラメラしながら水はけの悪い共同シャワーでガシガシと頭を洗いました。さ、明日はサグラダファミリアやけん、もう寝る!ガシガシ、ガシガシ!