僕らに自由を〜

朝の5時50分に目が覚めます。あー、バガンの宿で目を覚ますしあわせ。窓の外では、パラパラッと雨の音がしたと思ったら、あっと言う間にどしゃ降りになります。今日はバガンの遺跡巡りをするつもりだけれど、宿の前の舗装されていない道はすでに濁流となって流れて行っています。ふたりでたった30ドルの宿、朝ごはんがついているので食堂まで傘をさして向かいます。こんなにどしゃ降りになって、どうする?などと話し合います。こうなると今日のバガン観光は難しい、ということはここに連泊して、ヤンゴンまでは夜行バスで移動するのは止めて、国内便の飛行機に乗って移動しようか。そう結論に至ります。

「ヤッター、ヤッター、ヤッターマン!」心の中で子どもの頃に弟と夢中になって観ていたアニメの台詞が蘇る、あたしはバガンにどうしてももう一泊したかったんだと思わぬところで願いが叶った喜びがあふれ出てきます。朝食を終えて受付で航空券の手配をお願いしたり、部屋に戻ってゆっくりと日記を書いたりしていると、ピタッと雨が止んで、雨雲はみるみる遠のいて行きます。やっぱり!バガンの神様はあたしを歓迎してくれているんだ!そう確信して、近所のレストラン兼レンタルバイク屋さんで、国際免許が無くても借りられる電氣バイクを借ります。レストランの女の子がとても親しげに、コリアン?と尋ねてきたので日本人と答えると、嬉しそうな顔で、私の日本人の友だちに似ていると言ってくれます。そうなんだ、私も何だか嬉しい。女の子に教わったバイクの乗り方で、TPと二人乗りでバガン観光へ出かけます。


バイクで走り出してすぐ、雨水が氾濫した橋を渡ることになってお尻がヒヤッとします。それでも、雨上がりの街をバイクで二人乗りで駆け巡る幸せったら。ミャンマーの人たちは、いつでもどこでも鼻歌を歌っていることに驚いていましたが、バイクで走ってみると、すれ違うバイクの人たちが大声で歌っているので、わたしたちも何か歌おう、僕の右手を知りませんか〜!花束を君におくろう〜。僕らに自由を、僕らに青春を〜。思いつく限りの歌を歌って、歌って、景色は緑の中に建てられた釣り鐘型のお寺だけ。

 
 

まだまだ雨が乾いていない古都を、ぬかるんだ道に入ってはお寺に裸足で上がってお参りしたり、物売りの人たちからズボンを買ったり、景色を眺めたりします。お寺巡りは無限にあるようですが、TPがめぼしいところを地図にチェックしてくれているので、私は道案内係で後部座席から指示をします。

いくつか、てっぺんまで上ることができる遺跡もあります。転げ落ちそうな石段を上がってみると絶景が広がっています。どうやら、ミャンマーのお金持ちの人たちが願いを込めてこの土地にお寺をたくさん作ったらしい、そのお寺には必ず、一体、時には東西南北の4体、またはそれ以上の仏さまが納められているらしい。どこを見渡しても仏塔、どこへ行っても仏塔の街です。

 
 


お寺を覗いてはバイクでブーン、またお寺を覗いてはバイクでブーンと、古都を駆け巡ります。やがてニューバガンと言う街へ。バガンの中心地よりももっと、ホテルにゆっくりと連泊して、バイクや自転車、徒歩であちらこちらのお寺を巡るためのような街のようです。道路沿いのレストランで、カシューナッツの炒め物などを食べて、またバガンの街に戻ります。急勾配のお寺にまた上がって降りて。ひとつひとつのお寺は近距離で、道がぬかるんでいてたどり着けないところもあるけれど、だんだんと空は晴れ渡ってきて、お寺巡りも楽しくなって行きます。

そうか、こんな景色を見たいと思っていたんだ、そんな景色に何カ所も出会ってまた寺に登ります。

マンガみたいな景色。緑の中のテラコッタ色のお寺を目に焼き付けて。いつの間にか日が暮れたので、お昼にバイクを借りたレストランでバイクを返却すると、店の女の子がレストランにも食べに来てと言ってくれました。


宿に戻って汗みどろの身体をシャワーで流して、休憩します。この宿の鏡台は何て居心地がいい場所なんだろう。ノートを広げて日記を書いたり、缶ビールを飲んだりする間でも、見上げると後ろの景色が見えるのが、何とも知れない安心感、ときどき自分の顔を見て、あたしはミャンマーでこんな顔なんだと思ったり、前を見ているのに背中の景色が見渡せることにホッとしたり。日本に帰ったら部屋に鏡台を置きたいと強く願います。



ひと休みして、食べに来てね!と言ってくれた女の子のレストランへ夕食へ。また満天の星空を目に焼き付けながら、歩きます。レストランでは、来てくれたのね!と言う嬉しそうな顔で迎えてもらって、私に似ているという女性のフェイスブックなどを見せてもらって、名前を交換したりします。レストランの女の子の名前は、ニンニンちゃん。お喋り好きなニンニンちゃんは、ミャンマー名物のトマトサラダのトマトはインレー湖から毎朝届いていること、自分はオーナーの娘で朝の5時から夜の10時まで店に立って働いていること、日本人の友だちは福岡出身でお互いに独身なことなど、ちょうど良い距離感を保って、いくつも教えてくれます。ニンニンちゃんがいてくれたお陰で、とてもいい夕食になった、ますますバガンが好きになった、ありがたいことだなぁとまた濃い星空を見上げながら、ぬかるんだ赤土をよけながら部屋に戻ります。理想的なわが家のような、宿の部屋に。