ヤンゴンから帰る日

ヤンゴンで起きる朝。今日は夜の飛行機で日本へ帰らねばなりません。もう一度、ヤンゴンに到着した初日からやり直すことができたらなどと妄想したりしました。

ホテルを出て、近くにあった映画館の時刻表を確かめに。9時、11時、13時、15時、みたいなシンプルな時間割。

ホテルに戻って朝ごはんを食べて、荷物を受付に預けてミャンマー映画を観に行きます。

館内に一歩踏み入れた瞬間に寒い!ブルブル震えるほどの、冷蔵庫のような寒さ、持っていたビニールバッグに両手を突っ込んでせめてもの暖をとります。映画はミャンマーの西部劇、タランティーノの影響が濃厚で、ビーサンを履いたミャンマー女性が主役、追っ手の男たちをカンフーでやっつけて、川で水浴びするところはさながら由美かおるのお色氣シーン。最後はまさかのおとり捜査で。主役の男は石黒賢を上下から押しつけたような顔の人、二枚目氣取りの表情にうんざりします。驚いたのは、映画館で携帯電話に出て話し始める人は出会ったことがあったけれど、まさかのこちらから発信してお喋りしている人がいたこと。ラストシーンの直前にお掃除係の女の子たちが大声でお喋りしながらゴミ袋をガサガサ言わせて入ってきて、あ、映画がもう終わるんだなとわかったことです。

映画の後は、有名だというアウンサン市場へ。大きな建物の中に、土産物屋がひしめく場所。すぐに日本語を話せる少年が白檀の扇子を売りにきました。人なつこく、断っても断ってもくっついてきます。それにしても、あまりにも日本語の微妙なニュアンスまで聞き取って、少ない単語ながら上手に話すので、君、あたまいいねと感心して言うとニヤッと笑います。名前はメンメン。メンメン君、どこまでついて来ても絶対に白檀の扇子は買わないよ。メンメン君、これまで、ミャンマーであちこち少年の売り子さんから声をかけられて、絶対に買わないと言ってもこうしてくっついて来て、最後に本当に買わないと言うと、みんな急に悲しそうな顔してた。そんな顔されると、あたしは悲しくなる。だから最初に言うけど、絶対に白檀の扇子は買わない。くっついて来ても時間の無駄よ。そう目を合わせて伝えます。そう言っても市場をあちこち案内してくれて、私が買いたいと言ったミャンマーのお茶を売っている店、もうひとつ買い足したいミャンマーのビニールカゴ、あちらこちらと案内してくれます。

お土産を買って、帰るねと言うと、5000チャットの白檀の扇子をまた買ってと言うメンメン君に、だって本当に欲しくないっちゃもん!と伝えると、悲しそうな顔でプイーッときびすを返して去ろうとするので、肩をポンッと叩いて、お茶代として1000チャットを渡します。だけん言ったやない、みんな最後にそんな顔するからあたしは悲しくなる。笑って。そうほっぺたをプニっとつまむと、ニコーッと笑ってくれました。TPと3人で写真を撮って、手を振って別れます。


ヤンゴン中央駅へ。一度も鉄道に乗っていないので、ヤンゴンを一周する山手線のような列車に乗ります。チケットはわずか25円ほど。古い車両で、ミャンマーの人たちの素の姿を見られると言うので、西洋人の観光客もたくさんホームで待っています。

駅で寝泊まりしているような一家の、賢そうな女の子が水を売りにきました。1000チャットと言うので断ると、いくらなら買う?とまたくっついて離れません。相場よりも少し高い400チャットで水を一本買います。ミャンマーはどこでも、少年少女が労働しています。少女は水を買った後も離れずに、私の指輪を食い入るように見ては、あなたは指輪を持っていていいね、私はひとつも無い、一度だけはめさせてと指から外そうとするので指をギューッと握りしめて断ります。返さないに決まってるから。それから、リュックにつけていたキーホルダーやもらいもののストラップなどをじーっと手に取って眺めては、これが欲しいと訴えます。母からもらった瞬間に、こんなもの要らねーと思ったものの、何となくリュックにつけていた金色の熊のストラップを氣に入っているようなので、外して、あげてみます。

もらい慣れているのか、サンキューと軽く言って当たり前のように受け取った後、片耳だけのピアスを外して、ストラップを引っかけて、ピアスをまたはめています。耳たぶから垂れて揺れる金色の熊。

それだけでは納まらず、前職のK君が結婚式のお土産にくれたミッキーちゃんの頭の形をした小さな鏡のストラップもどうして欲しいと言います。ミッキーは好きではないけれどこれは私の旅のお守りだったので、少し迷います。それでも、この駅で一日中、水を売って過ごしている少女が、キラキラしたものを持っているとどれだけ心の慰めになるだろうと思って、あげると言って渡します。大喜び。すぐに他の物売りの女の子に自慢しに行って、見せびらかしています。見せびらかされた女の子が氣の毒で、バッグを開けてピンク色の鈴を取り出して、彼女にあげてと言うと、自分には妹がいるからこれは妹にあげると言って譲りません。だめよ、彼女はあなたから見せびらかされて悲しそうな顔をしているから、彼女にあげてよ、そう伝えると渋々、渡しに行っています。ピンクの鈴をもらった女の子は最初は嬉しそうじゃなかったけれど(やっぱりミッキーちゃんの方がいいのかな?)、しばらく眺めて、ニッコリと笑って大切そうに鈴を揺らしていました。


いよいよ電車に乗り込みます。走っている子どもに抜かれるほどの遅さが有名だと言う鉄道。ガタン、ゴトンとゆっくり進みます。ドアの無い乗降口からも、窓の無い窓からも、ギュウギュウに密集していたヤンゴンの中心地とは違う景色が、流れて行きます。

物売りの人たちが引っ切りなしに往復しています。ガタンゴトン。やっとヤンゴンの本当の姿を見ているような氣がする。1時間半ほど乗って、そろそろ帰りの飛行機のチェックイン時間が迫ってきたので電車を降りて、流しのタクシーを拾います。4000チャット。ミャンマーでタクシーに乗るなら、流しに限る。観光地で待ち構えているタクシーは2〜3倍の値段が相場なよう。

空港に着いてみると、到着したところとはまた別の建物、そちらの方が改装が終わっていて、レストランやコンビニ、土産物屋が充実しています。昼ご飯も食べていないので、ケンタッキーフライドチキンの店でひと休み。


思わず馴染みのあるファーストフードで注文した馴染みのある味、TPと安心してガツガツと食べます。やっぱり、ミャンマーの食べ物はお腹を下す心配があるとガイドブックで読んでいたのが、どこか不安に思っていたんだろうか。それでも出会った味はどれも興味深くて、おいしかった。もう一度食べ直したい!


チェックインして乗り込んだ飛行機は、1時間でタイに到着しました。1時間の乗り換え時間。タイになると急激に観光客が増えます。白の上下を着て堂々と座っている女性が素敵で、日本に帰ったら絶対に白い服を買おう、白い服をもっとたくさん着よう、そう心に決めます。

タイから羽田まで5時間だか6時間だか。来るときに2時間半戻した時計を、2時間半進めます。わー、真夜中になっちゃった!羽田には朝の6時に到着するから、少しでも寝ておかないと。10日間の有給休暇をもらったのに、一瞬のように終わってしまった。濃かったな、ミャンマー。もっと穏やかで優しい国だと思っていたけれど、想像していたよりももっと濃厚な国だった。もう一度訪れることがあるなら、チャイティーヨーとバガンに連泊したい。バガンでまた電氣バイクに乗って、バガン遺跡群をくまなく訪ねて、バガンっ子になりたい。トマトサラダをもっと食べたい。モヒンガーを何杯も食べたい。ホテルの中庭の竹の椅子に座って昼寝したい。街の雑貨屋でポテトチップスをもっと買って食べて・・・ZZZ・・・