さくらと、さわら

TPも久しぶりの土曜日休み、「門ちゃんが前から行きたいって言いよった、佐倉に行く?」と言うので行く!と答えて今日の目的地は決まり、朝ごはんに、ゆでた乾麺と自家製めんつゆ、買ってきた天かすを乗せて、たぬきそば、まだ少し朝は冷えるのでお腹の底から温まって、いざ出発、電車に乗って遠出しましょう!

目的地は千葉県の「佐倉」。もう10年も前から行きたいと思っていたところ、水路脇に江戸の古民家が並ぶ、風情豊かな街の写真に憧れ続けていたのです。何回か乗り換えて電車で1時間半ほどで到着、駅を出て、観光案内所で地図をもらいます。先客のおばあさん、ひとり旅なのでしょうか、案内所の人に「今日、お祭りがあるんでしょ?」「いえ、お祭りはありません」「えっ、朝のテレビでやってたんだけど・・・」「お祭りはありません、ここじゃありません」「そうなの?それなら・・・あたしここに何しに来たんだろう・・・」


とにかく今日、この街でお祭りは無いらしい。駅を出て歩きはじめて、オヤ?と思います。水路がありません。と言うより私たち以外の人間が、この街を歩いていません。


それでも、武家屋敷はこちら、の看板に従って歩いて武家屋敷を見学します。観光客がいないものだから、手ぐすね引くように案内の方たちが待っている、そして、こちらも氣をつかってしまう、それでも元たけのこは竹になりつつあります。


・・・ここじゃなくない?間違ってない?城跡はこちら、の看板に従って竹林の中を歩きながら、ベンチに座ってみます。どうやらTPは金曜日の仕事帰りに職場で理不尽な、モヤモヤするようなことを言われたようで、そのことを独り言のように、何て答えるべきだったのか、でも一矢報いた部分もあるし、そもそももっと上の人たちの問題なんじゃないかなどと逡巡しています。ひとっこひとり通らない竹林では、鶯が上手に鳴いています。


城跡では、イベントがあるらしくたくさんの家族連れが湧いて出るように集まっています。百人もいそうな子供たちが全員で手をつないで、何かのゲームをしています。そうか、もうゴールデンウィークなのか。

多分、行き先を間違えた。JRの路線図がフラッシュバックのように思い起こされます。佐倉じゃなくて佐原だ、佐原って駅があった、でももっと先の方だった。

歩いた限りでは、たった1軒しか開いていない店、朝ごはんもソバだったのにまたしてもお蕎麦屋さんに入ってお昼ごはんを食べながら、駅まで戻って、佐原に行ってみようと決めます。

もう日は傾き始めています(私はもう帰りたいなと思っている、TPはここまで来たらとにかく佐原という街に行ってみたいと思っている)。明日もお休みだし、電車に乗って成田駅まで。佐原行きの電車は30分後です。

駅員さんに「佐倉から乗って佐原に行くんですけど、乗り換えまで30分あるので、外に出てお茶・・・」と言いかけると「乗り換えならどうぞ、一度出ていいですよ」とすぐに通してくれます。成田駅前のミスドでアイスコーヒー。今日は暑い。

駅に戻ってお礼を言って改札を通って、いよいよ佐原へ。

駅を出ると、いきなりお祭りが!義経さんとか色んな人の山車が、ぞろぞろと駅前に集まって、また駅から出て行っています。わーっと興奮して、山車を追うように、ハーメルンの笛吹のように、お祭りの山車にフラフラと付いて行くと・・・


ここだった!水路がありました、そして時代がさかのぼったかのような古民家がずらりと並んでいます。


また山車来た、鷹だ!鼓の音と担ぐひとたちの歌、手拍子、はっぴ、鉢巻、怒号、車輪の音。

ここが十何年も前から来たかった街だったんだ。思えば、佐倉の観光案内所でお祭りについて尋ねていたおばあさんも、きっとこの佐原と間違えていたんだ!水路沿いに伊能忠敬記念館があったので入ってみます。伊能忠敬さんという人が、どれほどの努力で日本地図を作り上げたのかが、こじんまりとしたスペースでも身体に染み込むようにわかる記念館、伊能さん直筆の旅の記録だけでも、その丁寧さに胸を打たれます。

は〜。日はすっかり暮れたけれど来て良かった、今度はもっと早い時間に来たい。祭り囃子を背にして、駅に戻って、また電車に乗って、乗り換えて、乗り換えて、ようやく家に戻ってきます。

夜の9時。TPが前から行きたいと思っていたらしい中華屋さんへ。中華料理屋の豆苗炒めはいつも美味しいのはなぜ?


身体巡礼: ドイツ・オーストリアチェコ編。図書館で借りた養老先生の文庫本はもう、豊かな独り言のように、死体やお墓をめぐる考察、うっとりと長い距離の電車で読む幸せ。

クタクタになっていつもの古いアパートに戻って、TPは倒れるように寝てしまいました。私はシャワーを浴びて汗を流して、何だか今日は変な一日だったななどと思い返しながら、明日は絶対にどこにも行かずに家でゆっくり過ごそう、そう決めたりしました。