出勤すると、ウザヲが私のデスクとの境界線ギリギリに、栄養ドリンクの空き瓶数本、葛根湯の空き袋、風邪薬やら何やら置いたままにしています。えーい、ウザいんじゃー!いつも潔癖症なほど片付けているくせに・・・その風邪引きアピールがウザいんじゃ!今の私は・・・小姑。元氣なく出社してきて、大げさに見える動作で風邪薬を飲んでいるのをなるべく見ないようにします。
午後、上司の小池さんと一対一のミーティングがありました。どうやらウザヲがやはり同じチームになりそうと言うので、ここは一発、正直に氣持ちを言っておこうと「実は・・・氣味が悪いんです」とこれまでのことを話します。とにかく甘えてくるのが嫌、お世辞ばかり言われるのも、小さい声でじっとりと話しかけてきて土日に一緒に勉強しようとか背中を触られることとかハグしていいですかとか誰に相談したらいいですかとか裏で画策しようとすることとかまだ試用期間中なのにCEOに相談したいとか言ってるのが、もう嫌で嫌でイラッとして。小池さんはところどころで何故か爆笑しながら聞いてくれます。エピソードのひとつひとつが小粒だからでしょうか。それでも、実は自分も考えていたところだと言って、彼のだれかれ構わない相談癖、なかなか話しが進まずにいつも長引くミーティングでかかるコミュニケーションコスト、どうしたもんか悩んでいたと話してくれます。ありがたいことです。こちらもウザヲを辞めさせて欲しいなどとは思っていないことと(本当は思っているけれど)、もし正式入社して同じチームになったら私も「甘えんな!」とビシッと言うつもりでいることを伝えます。うふ、言えた言えた。帰りの足取りはまた軽くなります。
帰り道、見知らぬ西洋人の女性が「キレイネー」と話しかけてくれるほどの桜の道、一緒に並んでカメラを花に向けます。
家に帰って、ウザヲがウザくてたまらんって上司に言えたばい!とTPに報告。言えて良かったと浮かれてビールなど飲みながら夜更かししていると、奥のベトナムのひとたちが暮らしている部屋のドアがバタンと閉まる音、続けて人影、パリパリとセロファンをめくる音、さては・・・弁当カス捨て魔だな!部屋の前で箸を割る音がしたので、台所の電氣を点けると、カサッと何かが捨てられる音とそっと階段を降りる音。TPの靴をあわてて履いてそっと出ると弁当の蓋が廊下に落ちている、外を覗くと隣りの駐車場からひょこっと覗く若者の頭、階段をゆっくり降りると背を向けて逃げ、隣りのマンションに入って行く男、その手には蓋の開いた弁当!ついに見つけた!
パジャマ&ノーブラジャーなので一度部屋に戻り、ジャンパーを着込んで、靴を履いて、隣りのマンションの外廊下に入ってみます。わざと足音を立てて追ってみると、あわてて奥に行く足音。廊下の洗濯機の奥の、倉庫のような暗闇にグレーのパーカーの背中が見えます。「おいっ!」一発かまします。ビクッとした背中がハンバーグ弁当を持ったまま振り向きます。人差し指を立てて、こっちに出てこいのジェスチャーをすると、おとなしく出てきます。私の中の最大限に怖くて低い声で自分なりに「・・・ゴミ、二度と捨てんな」と一喝。「はい、すみません」と謝ったあとでヤベッと思ったのかすぐさま「ゴミってなんですか、僕恥ずかしくてここで弁当食べて・・・」と抜かすその言葉尻までは言わせずに「嘘はつかんでいい!」と立て続けに一喝。日本人の若者、年の頃は25〜6。前髪重ためで顔は涌井、身長は165くらい。もし殴りかかってきたら私の最大の武器、絶叫を発動しよう。上の階にはヤ◯ザなひとたちがいるから心強いし。一瞬でそこまで考えつつ「いつも玄関前にゴミがあるって、どんな氣持ちがすると思うか」と問えば「嫌な氣持ちです」「じゃあ二度と捨てんな、にどと、すてんなよっ!」竹内力になったつもりで、ゲキ睨みをかますと「はい、捨てません」念押しのもうひと睨みは菅原文太で決めてみました。お隣りのマンションの外廊下、薄明かりの下で。「おやすみ」退散。「おやすみなさい」割といい感じの返事が返ってきます。高倉健は部屋に戻って・・・日本人だった?とかそう言えばベトナムのドン君は「こんな弁当、ベトナム人は食べないですね」と言ってたっけドン君ごめんとか、だんだんと震えてきます。反撃されたら殴ってやろうと握りしめたままだった拳を開きます。寝ていたTPがふと起きて「あれ?どうしたと?」と言うので「寝とっていいよ、弁当カス捨て男見つけた、詳しくは明日話すわ」「え?弁当って、俺食べてないよ」寝惚けています。しばらくすると「氣になる、なになに」と起き上がったので事の顛末をイチから再現して報告します。「危ないやないかー、そういうときは起こしてよ」と言うので、起こすという発想が無かったと思い返します。もう一度寝ようと布団にくるまっていたTPが、しばらくすると急に吹き出して笑い始めたので、私もおかしくなってふたりで大笑いします。さ、寝よう。ついに捕まえた。
あの日本人は、ドン君たちの友達だろうか。今度ドン君に会ったら謝ろう。そして「もしまたゴミがあったら、ぶっ殺すぞって伝えておいて」と言おうか、パジャマ姿の夏目雅子は黒い喪服を着た氣分で腹の底から響く低い声を心に響かせて「なめたら・・・なめたらいかんぜよっ!」ともう一度回想しながら眠りにつきました。