ふくちゃんラーメン

母の看護ノートより

◯3時頃気がつくとベッド脇に立っていた。トイレかなと思うが何も云わず、ベッドに横になる。

◯再度起き上がる。聞くとションベンとのこと。ポータブルに座り尿のみ(3時半)ベッドへ。

◯昨夜せんば先生に座薬を入れて頂き、22時に眠れる座薬を入れてやっと良く眠れたようだ。

◯だんだん反応もうすくなり、どうしてほしいのかが解らず、はがゆい、、、、、

◯寝汗をかいていて更衣する2度22:30、23:00

◯7:30朝食XX(私の名前)と一緒にジョーダンを云う。

◯身体を

◯Sちゃん来宅

 

母のノートで、夕べのことを思い出します。父があまりにも痛い痛い痛い痛い、情けない情けない情けない、辛い辛い辛いと繰り返してベッドの上を転げているので、せんば先生に来てもらったんだっけ?そのときに玄関に私と母だけ呼び出されて「実はですね、先ほど座薬を入れた際に直腸を確認したところ、指の第一関節まで癌が進行していましてですね(うつむいて)、病院からは余命一ヶ月から三ヶ月と聞いていらっしゃるとは思いますが、それよりも短い可能性が、、、」と聞いたのでした。1ミリも驚かず、のたうち回っているのだから、そりゃそうだろうと思って「本人も、本当のことを知りたがっていますので、とにかく今の辛そうな状態を何とかしていただけたら」と伝えます。

 

朝起きて、いきなり母から「京都の伯父ちゃんのPCR予約して」と言われます。我が家には医療従事者の皆さんが毎日のように来るので、他のお宅に移さないよう必須の手続きだそう。

今日も休みたいなとは思いました。でもパソコンを開くと、やらねばならない仕事はそこにあるし、やれていない仕事はチームメンバーの方たちがちゃんと進めてくれているのでした。

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昔はもっと、家の周り中、田んぼだらけやったのにな。私があまりにも何も食べないものだから、母が「昼ごはんは、ふくちゃんラーメン行ったら?」と言います。どうやって行くと?と尋ねても母は「ほら、中学校に突き当たるでしょ?そしたらセブンとローソンあるじゃん、そこをまーっすぐ」と右に曲がるのか左に曲がるのかもわからないので、Googleマップで地図を確かめて日傘を差して向かいます。「行ってきまーす」と言うと「はーい」と父の弱い声が聞こえます。

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人氣店なので名前を書いて並んでいると、ヤベッ、秋冬の洋服しか持って帰ってなかったので、慌てて借りた母のホークスTシャツで出てきてしまった、何か恥ずい。

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父に「お父さんはいつも何食べると?」「俺はワンタン麺。ふくちゃんは、うまいと思うよ、ま食べてみて判断して」とのこと。30分ほど待つ間、屋外の日陰で扇風機の風を浴びながら、悟りを開きそうになります。待っている間に聞こえてきた会話「◯◯さん!」「おう、偶然やね、よく来ると?」「いや、ここは定期的に来ないかんでしょ」「そうよね、やっぱここが一番よね。いつも何食べると」「俺は替え玉して、もやし」「俺はニラばっかり。ニラをようけ食うけん、俺が席着いたら店員さんがニラの容器をいっぱいにしてくれるもんね」「ここはニンニクをクラッシュできるのがよかでしょうが」「絶対ニンニクは入れなね」お客同士でもふくちゃん大絶賛。ようやく名前を呼ばれて「ワンタン麺、半分にできますか?」と尋ねると半分はやっていないんですよとのことで、普通にワンタン麺を頼みます。そう、父から何度もお土産用のふくちゃんラーメンが送られてきたけれど、やっぱり本物は違う。でも、麺を少し残してきてしまいました。店内に「ふくちゃんラーメン、セブンイレブンで販売中」のポスターがあります。

 

帰り道、セブンイレブンでふくちゃんラーメンを探します。3件回っても見つからず。父に、ちょっとでも食べてもらいたくて。

 

家に帰ると、母から薬を取りに行く間にSちゃんが尋ねて来るけんあんた駅まで迎えに行ってとの無茶振り。はぁ?私、仕事中なんですけど。ベッドで寝ていた父は「ふくちゃんラーメン、どうやった?」と言うので「他の店のラーメンと全然違ったね、ワンタンも美味しかったー」と報告。並んでいる間もふくちゃんラーメンについて熱い会話が繰り広げられていたことを伝えると父大満足。午後、父のベッド横で懸命に仕事をしていると父が突然「2階に行く」と言い出します。どうやら1階の居間は介護用ベッドで、台所も丸見えなので恥ずかしいと思ったのでしょうか?2階に行くのも、棒になったような足で、私の肩を持って、ふらふらで一歩ずつゆっくりと上って。ベッドにどでんと横になると「そこのズボン取って」いつもは紙パンツ姿なのに。

 

14時。Sさん来宅。父のお氣に入りの、銀行の店員さんです。以前からSちゃん、Sちゃんと父母ともども可愛がっていて、月イチで夕食会を開いているとは聞いていました。私が最寄りの駅まで迎えに行くと(何故か薬局帰りの母もバイクにまたがり、あれが娘みたいに私を指差してブーンと離脱)、本当にかわいい方で、私は軽く状況を伝えながら会話します。「以前から、銀行のSちゃんとの食事会でーとかいつも聞いていて、本当に老夫婦に付き合ってくれてありがとうございます」「いえいえ、いっつもお父さんから娘さんのこと聞いていて、ひとりでインドに行ったとか、痴漢を追いかけたとか、もっとムキムキの方を想像してましたが違ってました」とか言ってもらいながら、やがて我が家へ。「老人夫婦のゴミ屋敷」に申し訳ないと上がっていただきます。Sさんは、持参した消毒で手を除菌して、靴を揃えて上がってくれたかと思ったら、父は長袖シャツで正装して2階じゃなくて1階のベッドに横になっていました。母は「家に帰ったらお父さんがおらんでびっくりしたよ!そしたら2階から降りてきて」やはり介護用ベッドの方が楽らしい。

 

Sさんは介護用ベッドに近づいて「◯◯さん!やっと会えましたね!」と手を握ってくれています。素敵な女性!そりゃー父も可愛がるだろうな。父ニコニコ。コロナで恒例の食事会ができなくなって残念などとと話しているうちに、父は眠ってしまいました。そこからは、Sさんのご両親のこと(お母さんが認知症になって、納豆を大量に買ってくる、父とはボケたもん勝ちやなって笑ってる)やら、銀行のオンライン化の話しや、熊本が災害に合ったときに福岡から応援に行っても同じ福銀のシステムだからすぐに対応できた、などなど、ものすごく面白い方で、いっぺんにファンになります。たーっぷりSさんとお喋りして、母が京都の叔父と迎えに行きがてらSさんを博多駅まで車で送ることに。少し目の覚めた父に「◯◯さん、また必ずお会いしましょう」と握手してくれるSさん。父、涙目。

そこから、私は仕事をします。父は眠っています。と思ったら、母から父の携帯に電話、出てみると「カーナビが突然壊れて真っ暗で」とPCR検査会場までの道順を教えてと言われます。25年ほど福岡から離れているのでわかんねー、でもネットで地図を見ながら「今、お母さんたちはどこにおると?」「ほら、何とかっていうほら、何で名前が出てこんのやろ」Googleマップで見たところ、伯父を迎えに行った博多駅から天神までの間にある施設…「キャッツとか見に行ったとこ?」「そうそう!」「キャナルシティ」そうそうとのことで、まずは大丸を目指してもらって、大通りに出たら左に曲がって、橋を渡ったらすぐ車を停めて、コメダ探してと伝えます。無事、たどり着いたようで、やれやれ。

 

それまでおとなしく寝ていた父が、ムクッと起き上がりました。そしてベッドからよろよろと立ち上がろうとします。「どこ行くと?」と尋ねると、ただ私を杖のようにして、行け、行けみたいに顎で使って。廊下でいきなり着ていたTシャツを脱ぎました。そして、紙パンツも脱ごうとするので手伝います。そのまま浴室にヨタヨタ(私は杖)と歩き、浴室で風呂イスに座っています。仕方ないのでシャワーを出します。イヤ、まじで父親の下半身とか勘弁なんですけど、薄目をキープしながら父に「シャワー終わったら声かけてね、私おらん方がいいやろ?」と聞くと、うなずきもしません。仕方ないので、父が洗えていない背中を石鹸で洗ってみたりしていると(薄目で)、父が浴槽の縁につかまって立ち上がり「…わるいけど、尻…」とか言ってます。キター、父の肛門を洗う日来た。目をつぶって石鹸を泡立てて、突き出された尻を洗います。何だかニュルッとする感覚、やがて、人糞の臭い。そうか、父はうんちが漏れたから洗いたかったんだと氣づきます。

 

でも勘弁して。おちんちんとか睾丸が癌で赤く腫れ上がっているのも見えちゃうし、辛いし。それでも、父は全く恥ずかしくないようで、ただきつそうにうなだれているだけ。ひとりでは立てない状態なのに、何かに捕まりながらも私からバスタオルで拭われて、急なことだったので父のタンスから急いで探しだしたTシャツに着替えて、新しい紙パンツを履いて(紙パンツと尿パットの組み合わせ、どっちが前だけわからない、初めてなんですけど)。さっぱりして氣持ち良さそうな顔で、また当たり前のように私の肩を持って、すり足で介護用ベッドまで戻ります。本当に勘弁して!

 

やがて京都の伯父が母の迎えの車から降りてきて。「体調どうか?」「悪りー」「辛いか?」「辛い」「そうやろなぁ、ワシもあちこち癌で手術してんねん、ボロボロや」という伯父は、父の4つ上。父は華やかな雰囲氣の伯父に、コンプレックスを持って生きてきたひとなので(父方の祖母と私の母いわく)その兄がわざわざ新幹線に乗って自分のために見舞いに来てくれたことが嬉しそう。伯父は「まさかお前の方が先に逝くとはな」と父をなで、父もうんとうなずいています。「でも筋肉はお前の方がわっしよりツヤも良いな」と二の腕をなでてもらって満足そうな父。

 

やがて弟も到着。お父さん、帰ってきたよ、帰ってきたけんねと手を握って声をかけるとうれしそうな父。皆で外に食べに行こうといいます。伯父が「車椅子あるんか」と聞くので無いと答えます。「無理やろ、そんな身体で」と言うけれど父が決めたことは絶対。父は知らんぷりで準備を始めるので、弟と二人で身体を支えて、靴を履いて、久しぶりの外出です。助手席に座らせて足を上げるのもひと苦労。王様かよ。

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伯父ちゃんと子どもの頃からの話しを色々して、皆で食べて笑います。私と伯父だけ瓶ビール。

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お会計は伯父。「病人に出させるわけいかんやろ」父も玉子焼き、白ごはんや刺身を食べたし、かかしみたいな姿勢で両脇から支えながらのギリギリ外食ですが、大成功でした。

 

家に帰ると、父は介護用ベッドに寝た途端、疲れが出たのかぐったりとして、口も利かなくなります。夜、看護師さんたちが来てくれましたがぐったりしたまま。心臓の脈拍も、血液の酸素量も問題なし。伯父も寝た後で、弟とゆっくり話しをします。父を看取るということについて、語り合います。お互いにこういう機会が持てて良かったね、お互いにこういう機会が持てて良かったね、