この世はドラマ

Kさんと、Kさん最寄り駅のホーム、先頭車両で朝9時に待ち合わせます。というのも、いつか一緒に裁判の傍聴に行こうと言っていたからです。それが今日。


江戸を一周する地下鉄に乗って、その内側を一周する赤い地下鉄に乗り換えて、霞が関駅へ。いざ!

セキュリティーチェックを済ませて入館、カウンターのタッチパッドで案件と開廷時間を調べて、今日のスケジュールを立てます。今日の社会見学に向けて、事前にKさんへはメールで「メモ帳とペンは必須」と伝えたところ「了解。でもハンカチも忘れないよ…」との返信・・・泣くのね!?

互いに持参したメモ帳に、案件と開廷時間を書き込みます。まずは朝10時開廷の窃盗事件。開廷するなり裁判官は「棄却」と判決を下します。どうやら被告は出廷しないまま、スティックシュガー他5点を盗んだ手口は稚拙だったし、娘も再犯しないように見守るとは言っているけれど、前科二犯の罪は重いとして数年の懲役がくだされました。

2件目。早めに次の部屋、102号室の強盗事件に向かってみると、傍聴券の抽選が行われる裁判らしい。テレビカメラも来ています。傍聴券だったなんて!しまった!と受付で抽選会場はどこか尋ねると、もう抽選は終わったけれど、人数に余裕があれば部屋の前で傍聴券をもらえると教わります。102へ戻ると「傍聴券はお持ちですか?」と聞かれたので「いいえ」と答えると、まだ空席があったようで傍聴券をくれました。

まずは2分間のニュース用動画撮影があり、記者のひとたちが記者席について、裁判官と被告が登場します。被告の猫背なこと、そして顔つきのすさんでいること。生まれてこのかた誰からも愛をもらってないという目つきで、床を睨みつけています。裁判官が判決の前に理由を述べますと言った瞬間、記者の数人が外で出ていきます。被告は肩を落として、うなだれています。どうして?

そこからは、その判決に至るまでの理由、検事はこう言ったけど弁護士側の意見も尊重すべきじゃね?でも弁護側はそう言うけど検事の視点も大事じゃね?みたいなことが同じ言葉、同じ文章で何度も何度も繰り返されて結局、死刑判決に対する控訴は棄却されました。どうやら「主文(=判決)」を後に回すのは暗黙の了解で死刑判決の確率が高いそう。Kさんいわく、ひとりなら無期懲役だけど、ふたりは死刑判決になりがち・・・だそう。

色々な事情で4歳から児童養護施設で育った被告は、ずっといじめを受けてなお、勤め先で同僚から金品を盗まれて、別の勤め先で今度こそ三年勤めるぞ!と決めていたのにどうしても先天性の広汎性発達障害から仕事でストレスがたまることが多く、携帯の課金ゲームでつい、60万円ほどの借金を負ったそう。それを返そうとして思いついたのが強盗。もし反撃されたらと左手にバール、右手に包丁。最初に入った老人が独居していた家には、現金が2千円ほどしか無かったけれどつい、テレビゲームをしてしまい、老人が起きたらどうしようと寝床で見ていると急に起きたからバールと包丁で。殺人を。地下の食堂で、ヘルシー定食を食べながらKさんと語り合います。

午後からの3件目は、覚醒剤。Kさんはすでにメモ帳に「覚」という字を◯で囲んで自己流のメモ術を身につけています。

入廷した被告は尖ったメガネ、剃り込まれた眉、傍聴席には彼女らしき女性、ふたりでアイコンタクトを交わして笑いあっています。どうやら渋谷で尿検査を受けたら陽性、タクシーで横浜まで逃げたところで警察官に暴行を加えたらしい。まっくろくろすけ

4件目は、「覚」の売人、レッカーされた車に積んでいた「覚」は、車を借金のカタとして持っていったカゲヤマさんのものだと主張しています。カゲヤマはその後亡くなったそう。タケモリにはめられた、自分は覚をやめたい、でもタケモリだけは許せねえ。

今度は検事からの質問。前は、自分で売人してたって言ってませんでした?キョトンとする被告。


ありとあらゆる矛盾が生じたからか、当初3時間ほど予定されていた裁判が、1.5時間ほどで終わります。突然、一緒に傍聴していたらしい黄色い帽子の女性から、誰かに追われるかも知れないから回り道して帰った方がいいと言われます。この世は陰謀だらけだそうです。

裁判所を出て、虎ノ門まで歩いてお茶して、溜池山王まで歩きます。街を歩くひと、全てがドラマの登場人物のように見える。

Kさんが前から見せたかったという靴屋の屋根の絵を見せてもらって、地下鉄の駅で手を振って別れます。今日はふたりで来られてよかった、色んなひとのドラマを感じて、また明日からもがんばろ、そう思った一日になりました。あ、バレンタインデーだった。