旅するダウンジャケット

monna88882013-10-25

スペインの宿はその造りのせいか、誰が帰ってきて今何をしているのかがまる聞こえです。モーリョには私達以外の宿泊客は二組だけ。早朝にシャワーを浴びていました。宿の武蔵丸さんがちょうどやって来たのでチェックアウト。外はどしゃ振りの雨です。スペイン広場散策をあきらめて、いくつもの路線が乗り入れている巨大な駅、アトーチャ駅まで小さな傘をさして向かいます。駅中のカフェで朝食を摂り、ついでに代理店で国内線の航空券の値段を尋ねてみたところ、グラナダバルセロナが1人165ユーロ。ひっと萎縮してすたこらと店を後にします。

  
 メトロの切符、慣れるまで大変  グラナダ行きのバス   オリーブ畑しかない

メトロに乗ってグラナダ行きのバスターミナル。切符売り場では長々と何かを訴えていたスーツ姿の男性が、後ろの客から「お前ひとりのせいで、これだけの客を待たせるな!」みたいなことで怒られて脇によけていました。他のお客さんもそうだそうだと加勢します。ひぇー、私達の番になったら待たせないようにしよう、あわててメモ帳に行き先と人数を書いてすぐに買えるように準備します。ところが早くしろと文句を言っていた人たちはそれぞれ自分の番になると、払い戻しやら座席変更やら、日にち変更やら、これでもかというほど長々と何かを訴えていました。


Alsaのバスは便数も多く、値段も17ユーロ台。4時間以上かかるけれど途中休憩もあって快適、快適です。マドリードは寒くて雨も多くてぶるぶるだったけれど、南のグラナダへ向かっているうちにすっかり暑くなってきました。途中で停車した休憩所では、カウンターへ殺到する旅行者の間をぬって、目が合った店の人に、指を1本立てて「ウノ!これ(とサンドイッチを指差す)。ドス!カフェ!ノーミルク、ノーシュガー!」叫ぶように伝えます。まず数を言わねばならないことはお勤め先の同僚Rさんから教わっていたこと。本当にスペインでは何を注文するのでも先に数を伝えなければ、必ずいくつ?と聞き返されるのです。カフェはミルクなし砂糖なしと言わねばカプチーノになるので特に大きな声で。アジアではブラックコーヒーのことをアメリカーノと言わねばなりませんでしたが、スペインでアメリカーノと言うとお湯をじゃぶじゃぶと追加されてほうじ茶ほどの濃さになるということも、ここ数日で学んだこと。


  
ドライブインのブラックコーヒーは最高  まっすぐの1本道  グラナダを颯爽と歩いているつもり


置いて行かれないように、運転手さんに休憩時間を尋ねると、時計の針を指差して、ヒューッと指を20分後のところへすべらせて教えてくれます。青空の下、濃い目のコーヒーを飲んでバス前で待っていると、フランスの旅行客が私の方を見て見ぬフリをしながらジャポネーゼ、ジャポネーゼと言っているのが聞こえます。何の噂だろう?


どこまでも続くオリーブ畑を眺めては、この実を摘む仕事は大変だなと現地で働く自分を想像したり。そんなことをしているとついにグラナダのバスターミナルに到着しました。快適な旅だった!またしても日本人の旅行者と数組すれ違います。ここでも目が合ったのでニコッとすると、プイッとされるのが不思議。それはさておきグラナダは気候も最高で歩く足取りも軽い軽い。30分ほどスタスタと歩いていると露店があったので、そうだ現役美大生でがんばっているRCにプラドで買ったハガキがあったんだ、切手を買おうとダウンベストのポケットを探ろうとしたところ、ポケットがありません。というよりもダウンベストをあたしは着ていません。あら?しばらくボーッとした後で自分の行動を逆回転するとあまりの暑さにジャケットを脱いで、バスの網棚に乗せたんだったと氣がつきます。TPに「ベスト忘れたみたい」テヘッと軽くつぶやいてみたところ「えっ!それなら今すぐバスターミナルに戻らんと!」と驚いています。タクシーで戻る?と言うので、いいよいいよ、まずは宿を決めよう、大丈夫よと、また軽い足取りで中心地へ歩き出しました。



宿の前の道。 バルっぽいバル  フラメンコツアーへ


グラナダは落ち着いたいい街、身体がホッとするよう。それなのに忘れ物をした不安はぬぐいきれない。訪ねた宿の一件目は満室だったのでそのお隣りの宿Lima2へ。陽氣なスパニッシュレディーが部屋へ案内してくれます。またしても彼女は全部スペイン語。それでも言っていることは伝わって来ます。そこで私はダウンベストの絵を描いて、スペイン語本から「忘れた」「なくした」を選んで書いて、バス会社に電話をして下さいとお願いしたところ、彼女は心から同情してくれ、電話をしてあげたい氣持ちは山々だけれど、この国のバス会社は絶対に電話がつながらない、つながったとしてもガチャンと切られるのよ、ということをスペイン語ジェスチャーで何度も本当に申し訳なさそうに伝えてくれます。そして、見つかるよう祈っていると指でクロスを作ってくれます。彼女のアドバイス通り、バスに乗ってバスターミナルへ戻ることにしました。


市バスの中ではコマを回している少年が、杖をついた老人から怒られています。老人が降りた瞬間、また少年はコマを回す。すると別の乗客がちゃんと怒っている。ふてくされる少年。バスの運転手は運転しながら何度も道行く知人らしき人に手を振っている。ダウンベスト、ありますように。奮発して買ったんだ。何より、ポケットの絵葉書。天使と神様が光を送っていることに氣づいているのか氣づいていないのか窓辺でゆったりと読書をしている宗教画のハガキ。


せっかく絶景の街、グラナダに着いたというのに、TPとも景色がかすんで見えるねと言い合います。市内をグルリと回ってようやく戻ったバスターミナルのインフォメーションで「ダウンベストの忘れ物、届いていませんか」と尋ねると、リストを取り出して、届いていない、残念だけれど出て来ないと思うとのこと。受付に並んでいる人も多いので一度離れて、今度はAlsaの運転手さんらしき人に同じことを尋ねます。するとサッと携帯電話を取り出して長々と誰かと話し始めました。無視されたのかなと思い始めた頃、こっちこっちと再びインフォメーションへ案内してくれ、経緯を説明してくれ、やがてポリスマンも来て・・・数人がかりであれこれと相談した後で説明をしてくれます。どうやらバスはもう次の街へ行ってしまった、そしてそのバスは今夜マドリードへ戻る、でももしジャケットがあれば明日の便に乗せて持って来るから、明日またここに来なさいとのこと。何人もの人が協力してくれて、1時間以上も時間を費やして。明日もここに戻って来なければならなくなりました。


氣を取り直して市バスで中心地に戻り、日本人向けの案内センターに寄ってみます。個人事務所とのこと、代表のヒロシさんにバルセロナまでの移動手段を相談。アルハンブラ宮殿の当日券は朝6時に並んだ方がいいとのこと。洞窟フラメンコのチケットもお願いしました。日本人だけの小ツアー、ひとり30ユーロで夜景観光までついています。ヒロシ、頼りになるわ。待ち合わせまでの時間、たっぷりと街を歩いて脇道のバルに入りました。地元の人しかいないBodegas、バーテンダーさんは親切にウノ、ドスの指差し注文に応えてくれてタパスも最高、いい店!しばし忘れ物ショックを忘れさせてくれます。



小型マイクロバスで向かった洞窟フラメンコ。できるだけ踊りと演奏と歌に集中したいので、写真は撮るまいと決める。それでもこの空間が素敵だったので1枚だけパチリ・・・その1枚目、前の席のおじさん、その涼しげな後頭部にピントが合ってしまっているのを見た瞬間、ブッと吹き出してそこから笑いが止まらなくなってしまいました。壇上のダンサーに失礼なので、舌を噛んで、口を押さえて、感動して泣いているフリをしながら、それでも込み上げる可笑しみ。そのうちに本当の涙が出てきました。泣きながら、オオトリの大御所ダンサーにクギ付けになって。スペインという国に来て、どこか緊張していたんでしょう。震えながら泣いて笑って目の前ではフラメンコ。ヒロシが手配してくれたツアーはいいツアーだった。夜景の帰りはなぜか人数オーバーになったと、TPとふたりだけタクシーに乗せてもらって宿へ戻ります。ダウンベストとポケットのハガキ、今頃どこを旅しているんだろう。明日は5時起きです。



  
在りし日の・・・涙・・選びに選んだのに、涙・・・ZZZ・・・いずこへ・・・・運命の1着と・・・ポケット・・・心を込めた絵はがき・・・ZZZ