国境駅じゃなくて国境だった

まだ魂はシンガポールに到着していないような氣がするけれど、シンガポールはとても狭い国だそうなので、もうそろそろマレーシアに移動せねばなりません。朝の5時半に目覚ましをかけて、昨日の夜に時刻表を調べておいたバス停に向かいます。

今日はマレーシアに入国です。宿をチェックアウトして、やってきたバスに乗り込んで、運転手さんに「国境の駅(チェックポイントレインステーション)までお願いします」とはっきり伝えて、運転手さんもよしわかった、そこに座れ、みたいな感じで意思疎通ができたので、運転手さんの真後ろの席にTPとリュックを膝に抱えて座ります。ガイドブックによると、どうやら国境は電車でたった5分で超えられるほどカジュアルな感じらしい。夕べ、ナイトサファリに行ったのも同じ道、バスはどんどん郊外へ向かいます。

やがて朝日が上がり始めます。線路とか駅が見え始めたので、そろそろ降りる準備をしていると、運転手さんが「まだ!」と教えてくれます。駅前のバス停で、乗客たちはごっそり下りて行きました。通り過ぎたときにTPが「国境の駅って書いてあった」と言うので、あわてて運転手さんに降りることを伝えると、まだ!座っていなさい、と言うので疑問に思いながらようやくたどり着いたところは…本当の「国境」でした。巨大な建物、地元の人たちと列に並んでの出入国審査。TPに、またバスに乗って駅まで戻ろうよと言うと、だいぶ距離があったから、もうこのまま行っちゃおうとのこと。渋々列に並びます。

せっかくなので写真をパチリと撮ってみます。いよいよ私の番。すぐに「あなた、カメラ持っているでしょう、再生しなさい」と言われて再生すると、出国審査の列の写真。「デリート」そう言われて、消します。次は建物の外観。「デリート」はいと素直に消します。審査官は再生ボタンを右に左に、どんどん動かして写真をチェックします。そのうちに私が豪徳寺の招き猫と写っている写真が出てきて、何じゃこりゃ?と言う顔で、もういい、みたいにカメラを返されます。

TPも無事、出国審査を終えて、地元の人たちの流れに乗って、外に出るとバスがたくさん停まっています。どのバスに乗って良いのかさっぱりわからないので、ひとまずバスターミナルの端まで歩くと、電車に乗って行くはずだった「ジョホールの市街はこちら」の看板があったので、矢印の方向にてくてくと歩いて行きました。警官もいるけれど、その横をてくてく歩いて、階段があったので下りてみます。そこは海を挟んでマレーシアの街。1キロほどもあろうかと言うほどの長い橋。車やバスが行き交う中、マレーシアを目指して橋を渡り始めます。卵なら目玉焼きになりそうなほどの暑さ、橋の向こうからはマレーシアから国境を超えてシンガポールで働いている人たちらしき人々が、切れ目なくどんどん、歩いてこちらにやってきます。数百メートルほど歩いて、ようやくマレーシアの土地が見えてきた頃、ふっと、あれ?あたしたち、マレーシアに入国してないよね?みたいな話しになりました。歩道に座り込んで、地球の歩き方をめくってみても、答えが探せません。橋の先は車道で、歩道はもうありません。マレーシアからこちらに歩いて来ている人たちはどうやら、バスが渋滞しているからと、途中で下車してシンガポールに向けて歩き始めた人の集団だったらしい。途方に暮れるとはこのことでしょうか?

しばらく歩道で休んで、考えても出ない結論を巡らせて、ますます卵は焦げそうになります。TPが、戻ろう、戻るしか無いと言うので、渋々従います。もうポニョから金魚に戻るだけじゃなくて、焼き魚になっちゃう。誰のせいでも無いのに、こんなことになるなら、国境じゃなくて国境駅に戻れば良かったのに!橋の中心で恨み節を叫んだりします。また数百メートル歩いてシンガポールの国境まで戻ってみると、そりゃそうでしょう!マレーシア側から来た人は、シンガポールへの入国審査のところへしか行けない。

その場の警察官や、国境の職員の人たち、何人もに、パスポートを見せて「さっき、シンガポールから出国したばかりなんです。でも間違えて下に降りてしまって、それで戻ってきた」と言うと誰からも「どうしてバスに乗らなかったの!」と笑われて、でもとにかくもう一度、シンガポールに入国するしか無いとのこと。でも、どうしても、パスポートに同じ日の出入国スタンプが2個ずつ押されるのは、きっとマレーシアを出るときにトラブルになるだろうと恐ろしくなったので、今度はメモ帳に絵を書いて、鍵のかかった向こうにいる女性に声をかけます。まずシンガポールを出国した、そこにバスがあったけれど、ジョホール行きはこちらの看板を見て歩きだして、階段を降りてしまったと説明します。すると彼女は誰かを呼んできてくれて、入国審査の列を一列止めてくれて、TPと私を通してくれて、別の警察官に引き渡されて、別室に呼ばれて、しばらく待たされて、また手帳に書いた絵を見せてイチから説明して鼻で笑われて、別の警察官に引き渡されてなぜここにいるんだと聞かれて、また手帳に書いた絵を見せて説明して笑われて、いくつもの通路、いくつものエレベーター、セキュリティチェックを抜けて、ポンッと、元の出国審査の出口に出されました。

バスに乗って往復した橋を渡ってマレーシアの入国審査へ。パスポートを見せただけで通過して、そこはジョホールバル駅に直結していて、ひとまず構内で換金をし、構内のフードコートでお茶と食事。あ〜!暑かった!頭が全然、働かなかったし、喉も乾いたし、何だか嫌になっちゃった!テーブルに座って、カレー風味の麺と、ピリ辛カレー風味みたいなごった煮がかかったごはん。飲み物は手帳に控えていた「コピ・オ・コソン」と注文してコーヒーのブラック。TPはよくわからないような果物の生ジュース。テーブルにはハエがぶんぶん飛び回っています。そうか、シンガポールでは1匹のハエも見なかったし、一度も蚊にさされなかった、ここはマレーシア、全く違う国なんだとハッとします。店のお客さんたちは、油紙でごはんを三角柱に包んだものを指差して、その紙を開いてごった煮やナッツ、きゅうりなどを乗せてもらって食べています。

ジョホールバルの駅。旅行者向けのインフォメーションには誰もいません。私はまだ焼き魚で、人間に戻っていません。しばらく、駅の外の歩道に座り込んだり、トイレに行ったりします。マレーシアに入るとトイレがいきなりおえ〜っとなるビシャビシャ感。トイレから戻ると、座っていたTPは、くたびれたからか思わず寝てしまったなどと言っています。

次に何をすべきか、どうしたいのかさっぱりわからないふたり。マレーシアに入ったら、ペナン島に行こうか、マラッカに行こうか、それとも別の街に行こうか、はっきりと決めていなかったのです。マレーシアの国土は日本の9割ほどらしい。今が鹿児島だとしたら、これから広島か京都か、東北か、さっぱり見当もつかない感じです。歩道で、寝落ちした人と焼き魚は、もう一度だけインフォメーションに行ってみようという結論、今度は係の人がいました。「あの、私たち、ペナンかマラッカ、どちらに行こうか迷っているんです。それもバスか、鉄道か、はたまた飛行機か」そうぶつけてみると、それならバスしか無いね、とのこと。長距離バスの発着所、ラルキンバスターミナルは郊外にあるから、この下のバス停から乗る。飛行機は便数も少ないし、郊外のラルキンバスターミナルからさらに先だから大変、だそう。

駅の下のバス停で、バスターミナル行きのバスを尋ねてバスを待ちます。シンガポールは都会的な人が多かったけれど、この国ではペラペラのレジ袋に何かしらお昼ごはん的なものだけを入れて、バスを待っている自由人的な人もたくさん。知らないおじさんが、リュックの後ろポケットに氣をつけて、盗まれるよと忠告してくれます。バスターミナルに行くと言うと、バスの到着を指差して教えてくれます。盗人もいるらしいけれど、親切な国民性なのかも知れない。わくわく。

約30分。バスターミナルに着いても、ペナンかマラッカか、まだ決め兼ねていました。ドムドムドーナツがあったので、コーヒーを飲みます。「コピ・オ・コソン」と注文したけれど、今度はシロップ入り。。TPのカフェオレと2杯で17.4リンギット。400〜500円くらいです。


目的地を持たない眠たい人と焼き魚は、ペナンとマラッカ、どちらもバスの出発時間を聞いて、ただコーヒーを飲みます。今回、始めて物乞いの人を見た。彼女は耳にイヤホンをさして、ノリノリで紙コップを手に、喜捨を集めて回っています。焼き魚は呆然として、ドムドムの外で一服。バスターミナルならではの、行き交う人々の声、鳴り続けるクラクション、土ぼこり、それをぼーっと見ているとふと、マラッカには行ってみたいから迷う必要なんかないじゃないか、当然マラッカっしょ!心が決まって眠たいTPのところに戻ると、TPもまさしく、俺もそう言おうと思っとったと!とのことで、やっとこさマラッカ行きが決定しました。


13時。長距離バスに乗り込みます。ひとり42ドル。やっとバスに乗ることができた、そうだ、日本から持ってきたiPodシャッフル、イヤホンをひとつTPに渡してシャッフルしてみると、エレカシの歌が聞こえてきて泣きそうになります。すぐに寝落ちしてしまったTPの横顔を見ていると、焼き魚も眠たくてたまらなくなりました。

うとうとしながら眠ったり起きたりを繰り返していると、夕方の4時、マラッカのバスターミナルに到着しました。TPはお腹が減ったと言うのでマクドナルドでごはんを食べてもらって、あたしは焼き魚から人間に戻っていたのでバスターミナルを散策します。明日、ペナン島に行く予定なので、数あるバス会社を全部回ってバスの時間を尋ねて。マレーシアで使うおこづかいを両替して。一服して。もうあれこれメモに残しておかないと、頭の整理がつかない。ペナン行きのバスは朝の9時からたくさん出ているらしい。ここからマラッカの中心地までまたバス、明日もここに戻る。


市バスで中心地に向かうと、ガイドブックで見る、いかにも古都、マラッカに入って行きます。川沿いの道、世界遺産。ベンガラ色の建物。まだ日は残っている頃、おめあての宿を見せてもらうと、陰氣な部屋にうんざりします。もう少し歩いて高級ホテルっぽい外観のところへ。試しに値段だけでも尋ねてみると、180とのこと。この国の通過はリンギット、電卓で計算すると5000円未満です。何だか不安になって受付の女性に、180リンギットですよね?ドルじゃないですよね?と尋ねて、清潔きわまりない部屋に案内してもらえて、小さなバルコニーからの景色を眺めて、バスでよく眠って元氣になって好奇心が治まらないTPをひとりで散歩に出して、私は近所でビールを買って、シャワーを浴びてTシャツを洗濯して干して、荷物の整理などをしながらゆっくりと暮れて行く夕日、どこからか流れる大音量のコーラン、うっかりしてオートロックを閉めてしまって受付に駆け込んで口に出してみた「大人の基礎英語」のフレーズ「I locked myself out!」がすぐに通じた喜び、焼き魚から金魚、そして人間に戻った嬉しさ、あらゆる感情が、ボーッと流れて行きます。

街歩きから戻ったTPが、たくさんの写真を見せてくれます。よく歩いたね、朝は国境であんなに大変やったけど、何とかこの街にたどり着いたね、いつの間にか夜の10時。この街はだいたい歩いたと先輩づらのTPが案内してくれる川沿いの道、ロマンチックな古都を歩きながら、観光客の人たちが人力車に乗って楽しそうにしている姿を眺めながら、レストランで地元の料理を食べておいしいおいしいと感激して、うかれて高級風ホテルに戻ります。帰りに寄ったコンビニで1リンギットだと思って出した青色のお札が、50リンギットだよと店の人から教えてもらって、ここに数字があるだろう、色は似ているけど全然違う、氣をつけないとと優しく叱られるように言われたことで、マレーシアって優雅でいい国なんだなと思いました。