仁義なき戦い

朝起きたときには、TPパパは「今日はお前らだけで鉄輪に行ってこい」と言ってくれていたのに、朝ごはんを食べて下に降りると「熊本に行くぞ、門ちゃんは熊本好きか?」「大好きです!」どうやらTPいとこが熊本に勤めているらしく、突然行ってそのひとに会おうという流れになっています。TPママが「下に降りたら、話しが変わっちょるかもしれん」と心配していたことが本当に。TPは「よくあること」と諦めの表情で、車に乗り込みます。おっ、ここがTP生誕の地、そうTPパパが指さしたところはラブホテルです。パパのユーモアにTPは無表情。

Hちゃんも一緒に、まずはTP家のお墓参りへ。先に入っていらっしゃるTPパパのママに手を合わせながら、これからこのお墓に最初に誰が入るのかはわからないけれど、色々とよろしくお願いいたしますと手を合わせます。

今日はとにかく出発が遅かったから、熊本までたどり着けるのかしら?と思いながら、運転はTPに代わります。TPパパのナビ、トンネルでスモールライトを点けて出たら消せなどと事細かに。それにしても九州の景色はやっぱりいい、山の色が深くて、鮮やかで。

ふと道路の電光掲示板を見ると、大雨のため熊本方面通行止めの予報が。しばらく車を走らせて、Uターンします。行きがけに見つけた「荻の里温泉」へ方向転換です。「おい、Hちゃんにおしっこさせろ」お人形を抱えているお母さんに、TPパパが言います。


荻の里温泉は、今度TPパパがクラス会で訪れるところだそう。ひとり1100円で食事付き!温泉付き!何ていい場所なんだろう。TPママと「鉄輪より、熊本より、ここに来られて良かったねー」と言い合います。TPパパが私にも生ビールを飲ませてくれます。

温泉には入らないというTPパパと食後の一服。「門ちゃん、TPは優しい男やろう?」「はい」「TPと結婚して良かったか?」「はい!」「TPをよろしく頼むぞ」「はい」おや?TPパパは昨日言い過ぎたとか思っているのかしら?

TPママと温泉に入ってお喋りしながら、それにしてもここはいいところだなーと思います。お風呂から上がると、TPパパは待ちくたびれた様子、お待たせしてすみません!とみんなで笑います。突然、駅前に子ども時代のマドンナがおると、車を商店街に向けさせるTPパパ。お母さんは「やめちょきー、突然酔って赤い顔したおじいさんが尋ねてきたら、向こうも驚くやろう」と止めますが、言うことをきくパパじゃない。ご近所のひとに「ここに子どもの頃のマドンナ、3姉妹がおった」と道をきいて、そこから3軒目の家ですよと教えてもらっています。私も興味があったのでついて行くと、何で門ちゃんがついてくるんじゃと睨まれたので笑って車に戻って。どうやら、これまで2回ハガキを出してお返事は無かったとのこと、それで突然尋ねたのにマドンナは今、埼玉県に住んでいてもう両親もいないし足も悪いのでこちらに帰ってくることはないと留守番のひとが教えてくれたそう。TPパパ・・すげーな。


道の駅に寄って。TPママが色々買ってくれてしまいます。すみません!

TPパパのふるさと、城下町に立ち寄って。高校、小学校と巡ります。「ここが、我が母校」と言うのを聞いた瞬間、TPと思わず吹き出します。「歴史上の偉人を巡る旅、みたいな感じで言うけんさぁ」

夜、TPママが八宝菜を作ってくれて、またおご馳走を用意して下さって、夜の宴会です。

そこでついに事件勃発。TPパパが、病氣のせいだと言い訳しながらも「あーへが出る」とオナラをブー、ブリブリブリ、ブリッ、ブリブリブリッと何度も繰り返すのがこらえきれず「お父さん、本当に、食卓でオナラは止めてください」「もしするんだったら私が部屋を出ますから」と本氣で言ってみたところ「出てく?出てくって言ったな!」「仮にも父親やぞ、何やその口のきき方は!」「学生時代には全共闘にも参加しとったんやぞ」「そんなこと言うか」「本当に生意気な女やの」「俺はもう門ちゃんの見方が変わった」と怒りが収まりません。「そもそもお前が悪い」とお母さんを小突いたので「止めてください」と手でかばいます。地獄絵図!TPが「そもそも考えてみ?オナラやろ?くだらねー」と父親をなだめようとしても収まらず。でも嫌なものは嫌なんです、そうまた重ねて言ってしまったのが悪かったのでしょうか、ますます怒っているので、氣持ちを切り替えて「本当にすみません、言い過ぎました」と頭を下げて、部屋を出ます。思えば、私は他人。家族水入らずで楽しんだって良いものを、私が入ったばっかりにこの家の空氣を壊してしまったんだ。

もしもTPと喧嘩をしたんだったら、私は家を出て行っただろう。でもお父さんは年上の、人生の先輩。逃げるのは失礼だろうと思って、台所でタバコを吸います。地獄の部屋からTPパパが出てきて「・・・吸い終わったら灰皿くれ」と声をかけてくれます。はい、と答えて換気扇に向かって一服。どうしましょう、この空氣。でも私は食事中にわざとのようにオナラを聞かされるのは耐えられない、これまで嫁として数々のシモネタ、数々の下品ギャグにも笑ってきたじゃないか、本当に笑えたし、でも食卓でのオナラブーブーは本当に嫌なんです、そう訴えてみようか、でも、でも・・・

「おい門ちゃん」振り返ると、TPパパが「たしかにわたしが言い過ぎました、これから土下座して、おわびします」とTPとTPママを呼びつけます。「見とけよ!」そう言って、台所で「どーもすみませんでした」と土下座してくれようとするので「止めてください、こちらこそ言いすぎてすみませんでした」と一緒に土下座します。これしかないだろうという思いで。

家族4人で、すみませんでしたーとヤケクソのように笑います。そこからは、TPが20年以上前に撮った自主映画をみんなで見たり、親戚の方たちの話しを聞かせてもらったり。やがてTPがまた、夜の散歩に誘ってくれました。お母さんにもTPは先に寝とってと言っています。


街灯の少ない道を、ふたりで歩きながら。コンビニで缶ビールを買って飲みます。「子どもの頃から、何も決めさせてもらえんし、話しても聞いてもらえんやった」TPが言います。お父さんにガチギレされた後では、その感覚が我がことのように理解できます。これまでは、そうは言ってもそれほどでも?と思っていたんだなとわかります。ガチギレされたら、何も言えなくなってしまうだけ。あーあ、ついにこんなことになってしまった。TPは、本来なら自分の父親にガチギレされて腹を立てる妻など嫌だろうに「ガラパゴス諸島かと思った、ずっとひとりで考え続けて、独自の進化を遂げてる」などと笑わせてくれます。

たっぷり散歩して家に戻ると、夜遅いのにTPママが起きて待ってくれています。「門ちゃん、ごめんねー」今までお父さんが謝るってことなかったわー、でも言いたいこと言えんよりいいわ、本当の娘って思っちょるんよ、門ちゃんのこと大好きなんよ、私もTPパパのこと好きです、お母さん嫌な思いさせてすみません、でもちょっとおもしろかったですね、ウチの父も似たところがあって、などと話して。「門ちゃんまだビール1本あるけん、もし眠れんやったら寝酒に」と、氣のきかない嫁に対してありえないほどの心配りをくれるママ。お布団に入ると、涙が出て出て止まらなくなります。お母さんに謝らせたいわけじゃなかった、腹が立つのはオナラブーブーのTPパパなんだ、でも血がつながっている父になら正面からぶつかってガッツリ言い返しただろうにこれが嫁に入るってことか、TP家には孫が必要みたいだからTPとは別れるしかないべ、何でこんな運命になっているんだろう?思えば、私の母も祖母たちも親戚も、すぐに怒る男たちに苦しんできたんだ、だから私だけはすぐに怒るひととはちゃんと距離を置こうって決めて生きてきたんだ、それなのにそれなのに・・・この涙は何だろう、自己憐憫?死んだばーちゃん、おばーちゃん、TP家のおじいさんおばあさんに、私がなすべきことは何でしょうと祈ります。もしいらないならいらないって言って欲しい。やっぱり眠れずに、夜中にゴソゴソと冷蔵庫から缶ビールを取り出して、ひとりでグビグビ飲みます。TPはぐったりと、このまま死んでしまうんじゃないかというような疲れた顔で眠っています。TPママ、本当にごめんなさい、嫌な思いをさせたかったんじゃないんです、神様、わたしはどうしたらいいんでしょう?泣いて泣いて、泣きながら眠りました。