神様ありがとうございます

一昨日からおや?と思っていたのですが、この部屋のバスルームの窓は、お隣りのバスルームと共用なのでは?まさかの、隣室の宿泊者がバスルームで立てる音、丸聞こえだと言うことに今朝、氣がつきました。

朝食を食べに食堂へ降りると、鬼軍曹がいて厨房に向かってあれこれ指示を出しています。目が合ったのにので挨拶をすると「連泊したんだな」と英語で言われたので「イエス」とだけ答えます。宿代を5ドル負けてくれてありがとうとは言わずにおきます。TPがこのホテルの朝食はブハラやヒヴァよりも品数が少ないねと言うのが、なぜか自分の宿がけなされたような氣がして、そんなことないよ!とかばってみたりします。せめてもの、ビュッフェにあるものをサンドにして、バーガー形式で出してあげたりするいい奥さんは、すっかりこのホテルの味方です。

2日前から連泊している白ダウンジャケットの欧米人男と食堂、ロビー、中庭で何度もすれ違っていたものの、挨拶をしても無視するので私も昨日からまる無視しています。チェックアウトして店員がお礼を言っても無視しているのを見て、本当に人と関わるのが嫌いなひとなんだなと感心します。

連泊してみて、トイレットペーパーが変わったことに氣がつきます。つまり特定のメーカーではなく値段に応じて仕入れているんだな?初日はカチカチタイプでしたが昨日からはビヨンビヨンタイプ。

そんなことより今日はホテルのすぐ近くにある、A.Temur廟から観光スタートです。

ティムール一族の棺が並んでいるところだそう。孫のウルグ・ベクさんの棺もあります。

あちこちでモザイクを見すぎて飽きてきているのでつい、模様のアップなど撮っているとそれが何か意味があると思われたのかヨーロッパ系の団体客のおばさんたちも模様のアップを次々と撮り始めました。

裏庭に出ると太った男が「その下にも何かあるよ」みたいなことを言うので降りてみると、無人のお土産屋。さてはあの男、この土産物屋の店主だな、毎回降りたり上がったりして呼び込むのが面倒くさいから、観光客に降りさせて買いたいものがあると言われたときだけ降りる経営スタイルだな。何も欲しいものが無いのでまた階段を上がると、太った男は警備員とお喋りしています。

裏側の出口を抜けると、住居が広がっています。とりわけ白い壁をレースのように刻んだ家の美しいこと、窓から揺れるカーテンの潔い無地、もっと近づいてよく観察したいけれど住人が友人たちと家の前で車を停めて乗り降りしているので近づけません。

日本なら竹箒みたいなものが路上に置いてあります。潔いデザインにうっとり。ティムール廟の敷地はとても広い。頭にスカーフを巻いたおばさん2人がベンチに座る前を通り過ぎると、私とTPをじーっと見て「ヤポン」と言うので頷くと、納得したようにニコッとしてくれるのでこちらもニコッとします。可愛いおばさんたち。すると遠くからわーわー怒鳴られて、慌てて立ち上がって箒で掃除(しているフリ)を始めています。雇われているひとたちなんだな。勝手に座って休憩するなんて可愛い。それくらいの図太さがあった方が素敵。

広い敷地を歩いて抜けて道路を渡って、喉が乾いたのでお向かいの音楽ホールの建物の敷地内にある、お馴染みの赤い背景に黄色いMのマークが描かれたMacCofeeという露店に立ち寄ります。この国には、パーツの配置が異なるミッキーちゃんやら、見たことのあるロゴやらが割と多くありますが、まだ欧米からの著作権という概念はこの地にたどり着いていないように思えます。店の前でピロシキを揚げていたオヤジが、あそこに座れ、ここで注文しろと世話を焼いてくれ、木陰のテーブルに座ります。オヤジは何度も、ピロシキ?と聞いてくれるけれどお腹いっぱいなので注文せずに店の中の店員さんにコーヒーだけ頼むと、急速に観光客には興味を失って自分の仕事に戻ってしまいます。もう目も合わせてくれない。インスタントコーヒー一杯2,000スム。

午後にはタシケントに戻る。戻って一泊したらもう、帰りの飛行機に乗らなくてはいけない。そのことを私もTPもわかってはいるけれど、口には出しません。まだまだ何日でも泊まり歩けそう。それでも足取りは重たく、わざとゆっくり歩いているように思えます。よくわからない銅像なんか写真に撮っちゃったりして。

ラスト・サマルカンドを味わいたくて、もう一度レギスタン広場に。

TPがA.Temur廟で、ここは珍しい、水色のてっぺんがボコボコしていると言うので、そんなことないよ、どこでもボコボコタイプとつるつるタイプがあったよと答えていたので、レギスタン広場でもボコボコとつるつるを写真に撮ります。

またインスタントコーヒー一杯2,000スムを買って、テーブル席で旅行日記を書いてみます。日記の中の私はまだ、ようやくウルゲンチからブハラに移動しているところ、イェルボンに勧められてウォッカを飲んでいるところ。ザイズィーラがくれたピロシキを食べているところ。まるで別のひとの旅行のように感じます。

TPは名残惜しいからか、ひとりで散歩してくるとどこかへ消えて行きました。お隣りのテーブルのフランス人高齢カップルの男性が、小さいスケッチブックに精密なタッチで、建物をペンと絵の具でスケッチしています。プロという他ないような出来栄え、素敵ですねと喋りかけたいけれど邪魔しちゃ悪いので、チラチラ覗くだけにしておいたところ、彼が立ち上がるときに私の日記帳を覗いて、日本語が横に並んでいるのをうっとりした表情で「横書きですね」みたいなことを声をかけてくれたので、とてもうれしくなります。奥さんは足がお悪いのかステッキをついていて、男性も高齢だからふたりで支え合うように歩いて、もっと近くで建物を見られるベンチに移動して行きました。

スケッチブックは写真の撮れなかったけれど、せめてもの後ろ姿をカメラに収めます。

たっぷり30分ほど、レギスタン広場にお別れを言ってきたらしいTPが戻ってきて「日本人ぽい若い女が、スカーフとかで衣装ばっちり決めて、同行のおじいさんに何枚も写真を撮らせていた」ことと「欧米のひとり旅の男が、レギスタン広場に背を向けて何十分も座っていた」ことなど報告してくれます。氣温も湿度も最高で、木陰に吹く風の何て心地良い日なんだろう。いよいよホテルに戻ってチェックアウトせねばね。

あ、信号青よっとタタタッと走り出すと、渡り終えたところでTPの「あっ」と言う声がしたと思ったら、並んで走っていたはずのTPの影が消えて、ジャボンと水の音と同時にべチーンと肉の塊がアスファルトに叩きつけられる音、あわてて探すとTPは水たまりを超えたところでうつ伏せに転がっていて、こちらを見上げて、ニコッとしています。大人が本氣で転んだところ見たの久しぶり、驚くと同時に突然転んだことがかわいそうで、大丈夫?大丈夫?と起こして、背中などをなでると「やめてくれ、大げさにせんでくれ」と何ごとも無かったかのように歩き出すTP。それを見ていた小児麻痺らしき車椅子の地元の男性が「うゎーはっはっは」と笑い出しました。近くにいた青年も彼の笑い方を「うゎーはっはっは」と真似して、みんなで大笑いしています。車椅子の男性が大笑いしてくれたなら、何だかうれしい、TPはかわいそうだけれど。TPに「みんな笑ってくれたよ、良かったね」と言うと「それより、臭っ、早くホテルに戻ろう」とのこと。路地に入ったところで、ふたりして大笑い。すごかったね、本格的にこけたね。だって世界遺産の街で、あんな大きい穴があると思わんもん。そう、この街は穴ボコだらけ、歩道のタイルも剥がれまくり、一応氣をつけて歩いてはいたのです。それがレギスタン広場でうっとりして、つい氣がゆるんでしまったのです。

宿で、TPは靴下を履き替えて、除菌シートでジーパンを拭いて、チェックアウトです。赤シャツの男に「お世話になりました」みたいなことを挨拶すると、お友達にレコメンドしておいてねと言うので、はいと答えます。ホテルザリナ、とてもいいホテルでした。最初だけ恐ろしかったけれど。

リュックを背負って、レストランRegistonへ、みたび。

TPはウズベクうどん、ラグマン。

私は昨日、おかみに教えてもらったロール巻きみたいなもの。これで食べ納めです。今回、いつもの旅行と圧倒的に違うことは、同じ店に連続で行ってみたこと。Chinar2回、Registon3回。もう次、いつ来られるかわからない、もしかすると一生来られないかも知れないから、おいしいものはできるだけ多く食べておきたい。

そしてマンティー。羊肉がこんなにおいしいとは知らなかった。

さようなら、レストランRegiston。お会計は78,000スム。またリュックを背負ってサマルカンド駅行きのバスに乗って、地元のひとたちが大きい荷物を見て譲ってくれた席に座って、ぐるぐると市内を回って駅へ。ふたりで2,500スム。駅前の銀行で、20ドルを両替します。

まだ時間があるので駅の食堂でコクチャイ5,000スム、今日はイングロリアスは非番なのか若い男と若い女が店員です。少しだけ淋しい。イングロリアスと同じく、サモサ売りの仕事があるようで若い男は列車が到着する頃になると、アルミのトレーを持って駆け出して行きました。

列車に乗り込むと、白衣の若い男性が、丸いパンに何か挟んだようなものを売り歩いていたので、何か知りたくて追いかけて買ってみます。5,000スム。

しばらくすると満席になってすーっと列車は出発。前の座席の隙間から、小さい女の子がこちらを覗いています。オーバーオールを着て、モンチッチの生き写しみたいな子。しばらくすると、モンチッチはお母さんがスマホに夢中で退屈したのか、少しずつ行動範囲を広げ始めました。お隣りの西洋人個人旅行者に相手をしてもらえず、日本人旅行者に近づいてきて、ニコニコと愛想を振りまいています。私が文字を書いている赤ペンを珍しそうに眺めたり、後ろの席に移動して同じくらいの背丈の子を連れ帰ってきたり。お手洗いに行って戻ると、モンチッチはTPの横に立って何やら書きものをしていました。「門のカバンをごそごそして、ペンを出したら、これ書き始めたと」

地球の歩き方の紙のカバーが、謎の文字で埋め尽くされています。そのうちに、中のページにも先生は謎文字を書き連ね始めたところ、座席の隙間から覗いていたモンチッチのママが一喝しました。そうだ、ロシア語会話帳にロシアは甘やかして育った子どもは不幸になるという考え方、子どもを甘やかさないとか書いてあったっけ。もしかすると元ソ連だから同じ考えのひともいるかも知れない。モンチッチはそれでもめげない。叱られた瞬間だけ自分の席に戻って、しばらくするとまたすぐに動き出す。眠っている私を叩き起こしてキャッキャと笑ったり、仕返しに寝たフリでまた叩こうとするところをガバッと起きて驚かすとまたキャッキャと笑ったり。車両内はモンチッチのひとり劇場です。

18時、列車はタシケントの駅に到着しました。モンチッチにもお別れの挨拶をして駅を出ると、ものすごいひとの数。歩き方には「タシケント駅は地下鉄が直結」と書いてあるのに、どこをどう探しても、メトロが見つかりません。3人ほどに尋ねても、メトロ?そんなのあったっけな?タクシーで行くんじゃない?みたいな反応。街灯も暗いので、だんだんと不安になってきます。今日の宿どうしましょう、困ったな。移動でくたびれた私を氣遣ってか、TPがひとりで歩いて地下鉄駅を探してくれている間、発車しそうなバスに走って乗ろうとした男が、近くをうろちょろしていた男の子にけつまずいて、男の子ごと巻き込んで転倒してしまいました。火がついたように泣き出す男の子の母親、祖母、叔母たち対、転んだ男の口喧嘩が勃発、怒鳴り声が響き渡ってますます心細くなります。やがてTPも戻ってきたけれどやっぱり地下鉄の駅は見つからなかったそう。氣温も下がってきました。タクシーを交渉して、ひとまず目当てのホテルへ。20,000スム。

20分ほど走ると、大きいホテルが見えました。ホテル・ショドリクパレス。一泊75ドルからとあります。最終日なので贅沢め。街灯の無い中をロビーに向かいます。受付では、感じのいい若い女の子が残念そうに、スイートルーム以外満室ですと言います。どうやら団体さんで埋まっているよう。スイートルームと言っても料金表は880万スム、1万3千円程度です。どうするどうする?と言いながら一度ホテルを出て、近所を歩いてみましたが別のホテルが見当たりません。もう夜の8時を過ぎたしくたびれたから、ヨシ、思い切ってスイート泊まろうとTPが言います。ホテルに戻って、TPがホジャットハナを借りている間、チェックインしますと言おうとしたところ、先ほどの優しい若い女性ではなく、感じの悪い男にフロントが代わっていました。スイートルームにチェックインしたいのですが、と尋ねると予約でいっぱい、とだけの回答。あれ?さっき女の子が空いてるって言ってましたよ、と言い終わらないうちに「たった今、予約が入ったんだ」「夜中の12時過ぎにもう一度来たら、入れるかも知れない、でも保証しない」と言って聞きません。しばらくすると先ほどの女の子が私服に着替えて出てきたので、「先ほどはありがとう、でももう予約でいっぱいだって」と言うと「えっ、そんなはずない」とフロントの男にウズベク語で何かを訴えてくれるものの、予約でいっぱいの一点張り。やがてボーイの男の子も来て、女の子が説明をしてもフロントの男はものすごい顔で睨んでいます。ボーイの子が「本当はいっぱいじゃないんです、まだ準備ができていないんです」と申し訳なさそうに謝ってくれます。女の子も本当にごめんなさいと謝ってくれます。ホジャっとから戻ったTPに経緯を説明して、私もホジャって、フロントには目をやらずにホテルを後にします。ボーイの男の子が最後まで謝ってくれるので返って申し訳なくなります。

さ、どうするべ。ホテルの数は少なそう。地下鉄の駅を探して、安宿街がありそうな地域に移動することに。ふたりで2,400スム。駅を出て、しばらく歩いていると、あら?この景色、見たことがある・・・初日に泊まったところの近くやん!と大笑い。初日の宿、最終日に泊まることになったらどうする?最終日にトイレ共同は辛いよ、中心地からも遠いし、あり得んよなどと笑い合っていた地域にまた舞い戻ってきました。ひとまず、酒屋があったので私はビール、TPはジュースを買ってみると、お金を出すのが遅いと女性店員が怒鳴りつけてきました。私はビール3瓶で16,000スムだけれど、TPのジュースはたったひとパックで20,000スム、高くて驚いて少しボーッとしたのです。電卓で数字を叩きつけるのも嫌そう、それならジュース買わんでいいとTPがやっぱり止めたと言うと、もうレジ売っちゃったじゃん!さっさとお金!とまた怒鳴りつけています。

重たいリュックを背に、とぼとぼと重たいビールを持って歩く道。歩き方を参考に、アートを凝らした宿を尋ねてみると庭でバーベキューで盛り上がっているバックパッカーたちの冷たい視線、そして満室。もう夜の9時過ぎですが、泊まるところがなければレギストラーツィアももらえないから空港で捕まっちゃう、死んでも宿を確保せねばとがんばって歩きます。同じ通りにある、歩き方には「アートホステルやユダヤ教会の並びにある経済的なホテル。フロントはあまり英語は通じないが親切」と書いてあるところを尋ねます。予約していないと言うと、予約の言葉に引っかかったのか5分ほど検索して「ノーリザベーション」と予約していないのね?と言って、今度は空き部屋検索。ゆったりしたものです。「OK」と、部屋があること、料金は一泊55ドルということ。良かった〜、泊まるところがあった。部屋を見せてくれるというので、ホッとして2階に上がります。

木のドアが開いて、一歩中に入った瞬間、息を飲みます。4〜50畳ほどはありそうな部屋、広いったらありません。泣きっ面に蜂だったのが、さっき鳴いたカラスがもう笑ったになります。明らかに自分たちが普段暮らしている東京のアパートよりも広い部屋で、日本人夫婦はチェックインを済ませて自分たちの部屋になっても、ソファーの上の狭いスペースから動き出せず、部屋をキョロキョロと見回すばかり。こんなご褒美が待っていようとは。今回、これまでの旅行とまた違うことは、くたびれた時に不機嫌になりすぎないように自分で注意していたこと。不機嫌になったって何もいいことがないし、判断力も落ちる、あきらめなければ必ず問題は解決できる(大げさ)。

もちろん、予約をしておけば良いだけの話しだけれど、個人旅行はどんな問題があるかわからない、今日タシケントにたどり着けなかった可能性だってあるし。とはいえ次の旅行は、最終日だけは予約をしておくかも知れない。ま、そのとき考えればいっか。

シャワーを浴びて洗濯をして、夜歩き用のワンピースに着替えて防寒して、先ほどは重たい荷物を背負ってめげそうになっていた道を、身軽でウキウキと、遅めの晩ごはんを食べに出かけましょう。

そこしかお店は無いので、初日と同じMasterFoodで私はケバブ。12,000スム。

合わせて頼んだニンジンサラダ12,000スム。このサラダがおいしいったらない味でした。入っているものをメモに取ります。ニンジン、赤キャベツ、カシューナッツ、マヨネーズ、西洋パセリ、細切り揚げポテト、キュウリ(少し)、ツナ、砂糖、オイル、塩。おいしいおいしいと、TPと奪い合うようにモリモリ食べます。コクチャイ初日も食べたかった〜


TPは、ラム肉やチキン、ポテトがセットになった定食。26,400スム。コクチャイも合わせてお会計は63,400スム。

店を出ると、TPが「メンタム持ってくれば良かった」と言います。どうやら歩きすぎて、お尻の割れ目のところが擦れて痛いそう。薬局に入って、メントールと言って腕に塗り塗りするジェスチャーをすると、最初に大きなチューブ型の傷用クリーム(ムヒみたいなもの?)を出してくれたので、もっと小さい(できればタイガーバームみたいな)ものと言うと、店の中にいたお客さんが、何やら助け舟を出してくれて、本当にタイガーバームみたいな薬を買うことができました。4,000スムくらい(メモし忘れた、でも激安だった)。

怒鳴りつけられた店で買ったビールの栓を抜いて、だだっ広い部屋でゆっくりと一服しながらくつろいでいると、TPはシャワーも浴びずに眠ってしまいました。またしても朝シャワーにする作戦だろう。旅の隊長もさぞかしくたびれたでしょう。私は明日の行き先も知らず、どこへ行くのかも、旅行がいつ終わるのかもほとんど意識せずにただ楽しんでいるだけだから、くたびれ方は違うでしょう。それにしてもいいホテルに泊まることができて良かった。歩き方には25ドルからと書いてあるから、きっとスイートみたいな部屋なんだろうな。もしいつか、ウズベキスタンにまた来ることがあったら、もう一度ここに泊まりたい。旅行の神様、いえ人生の神様、本当にありがとうございます。