最高のレストラン

旅行用目覚まし時計が鳴る30分も前に、イェルボン君が「サマルカンッ!」と足をペシペシと叩いて私とTP起こしてくれました。サマルカンドの街が近づいているようです。それから、私の右腰辺りを指さして、ポケットから財布がこぼれ落ちていることを教えてくれます。おー、ラフマッとお礼を言います。ザイズィーラさんもアルマン君もまだ寝ています。イェルボン君はコンパートメントの外の通路に出て行ったよう。「ほとんど眠れんやった、でもさっき布団の中で絶妙な体勢でパンツを履いたけん、もうノーパンじゃない」とTPが自慢げに言っています。うつらうつらの中、そうだ、レギストラーツィア(宿泊の証明書)をまだもらってない、車掌室に取りに行こうと寝台列車の上段から降りて、TPが昨日トイレと間違えて入って怒られた部屋に向かいます。トントンとノックすると不機嫌そうなおじさんが出てきて、紙に書いたロシア語のレギストラーツィアという文字を見せると、何やら大きい声で言いながら隣りの部屋をノックしてまた部屋に戻ってしまいました。隣りの部屋から出てきた別の駅員さんにまたレギストラーツィアと言うと、肩をすくめて、レギストラーツィアは無い、でも乗車券を返す、みたいなことをウズベク語で言われて昨日の検札で取られた乗車券だけ返してもらいます。本当に大丈夫なのかしら。

閉まらない鉄のドアを抜けて、昨日行けなかった食堂車(ヴァゴーンリスタラーン)を覗いてみると、従業員さんたちも大きいカバンの荷造りをして降りる準備をしています。食堂車で眠ったんだろうか。寝台列車のトイレを覗いてみます。トイレットペーパー替わりの新聞紙が切っておいてあります。用を足して新聞紙で拭いてみます。それほど悪くないけれど、毎日新聞紙で拭いていたらお尻が破れるかもなと思います。外廊下で車窓からの景色を眺めているイェルボン君の近くで、私もTPも景色を眺めてみます。イェルボンはもう昨日のような陽氣な感じではなく、最初に会ったときのような無口に戻っています。TPは、夕べほとんど眠れなかったから、本当はサマルカンドを散策して、今日は一泊するつもりだったけれど、予定を変えて、サマルカンドで降りたらブラハに行く乗車券を買おうと言っています。どのみち私は予定を把握していないのでどっちでもいいけれど、わかったそうしようと答えます。でも「ぶらは」じゃなくて「ぶはら」ねと言ってみます。ブラハだとチェコプラハみたい(濁音と破裂音の違いだけ)、ブハラ、おならのブッ、原監督のハラ、ね。

どちらにしてもまたKASSAで切符を買うなら、例のロシア語で「ブハラ」「今日」「午後」「出発」「到着」と書いた紙を用意せねばなりません。ベッドの上段に戻って、A4のコピー用紙に書きつけます。やがて到着時間が迫ってきます。リュックを背負って、いつの間にかアルマン君を抱いて眠っているイェルボン君をTPがトントンと起こして、身振り手振りで降りることを伝えて「ラフマッ」と言っています。ウンウンと眠たそうに頷いて、また眠ってしまったイェルボン君。本当に眠っているというよりは、照れて眠ったフリをしているようにも思えます。

乗降口に移動すると優しそうな男性から「カリアー?カリー?」と話しかけられます。カリーって何ですかと答えると「カリアー、チャイナ?」と言うので「ヤポーン、ヤーパン、ジャパン」と答えると頷いて納得してくれます。あなたは?と尋ねるとネザーランド、オランダ人から来た個人客のガイドをしているそう。ネザーランド、行きました!とか何とかつたない英語で会話しているうちに、サマルカンドに到着。寝台列車の切符を買ったときは、サマルカンドが終点だと思っていたけれど、イェルボン一家は降りなかったし、この列車は一体どこが終点なんだろうと思いながら降ります。

駅構内では、畳半畳ほどのでっかい荷物を持った男性たちがパスポートと荷物のチェックを厳重に受けています。季節労働者の風情で。それに引き換え日本人は無害だからみたいな感じでほぼスルーで追い出されます。駅の外に出るときにもう一度パスポートを見せて、サマルカンドの中心地に乗せて行くと言うタクシーの客引きたちの間をくぐり抜けて、タクシー?の問いかけを断り続けてKASSAへ。窓口では、切符を買っているひとの後ろ、縦に並んでもどんどん横入りされるので、地元のひとたちと同じように切符を買っているひとの隣りにへばりついて、カウンターに両肘を乗せて、切符を買うんだという意思を全面に出さねばならないことを学びました。ここウズベキスタンでは、並ぶイコールお先にどうぞのジェスチャーらしい。前に買っているひとの横にへばりついていたから、順番がちゃんと周ってきて紙に書いたロシア語を見せます。うんうんと頷くように読む駅員さん、ちゃんと出発に12:44、到着15:03と書いてくれ、電卓で90,000スム、2人でとジェスチャーで教えてくれます。ひとり700円くらい。こちらも大きく頷いて、ブハラ行きのチケットを買います。まだ朝の8時。

駅前に銀行があったので両替をします。日本円のレートは71、タシケントの空港より少なくなっています。20ドルをスムに両替して164,000スム、急にお金持ちになったかのよう。5,000スム札の束で戻ってきました。まずは朝ごはんを食べようと、サマルカンド駅からまっすぐ、大通りを進みます。広い歩道と、車寄せのスペースがたっぷりある店舗がずっと向こうまで続いて、大通りの真ん中をトラムが走っています。通りの反対側には大学らしき建物が広がっています。すれ違う高校生が「カリアー?」と言うので「ヤポーン」とか「ジャパン」とか答えます。しばらく歩くとまた高校生から「アンニョン」と言われるので「こんにちわ」と答えます。

カフェへ。私は父に似た体質で子どもの頃から甘いお菓子はほとんど食べたいと思うことが無いけれど、珍しくチョコレートケーキ屋さんに入ってみます。コーヒー8,500スムを2杯、ケーキ10,000スムを2つ。ウズベキスタンで3泊したと言うのに、どうしても実感が沸かず、昨日の記憶とおとといの記憶もつながらず、今、そのときだけに一所懸命になっている感覚、TPとも、記憶が無いと言い合いながら、少しこのカフェでゆっくりしよう、頭を整理しようと話します。それにしても今回は、これまでの旅行で学んだことが活かせているね、まず列車を降りたらすぐに次の移動の切符を買う、すぐにタクシーの客引きの交渉に応じない、落ち着いてその場を見る、わからないことだらけのこの国で、ゆっくり現状を把握するように努めていることを話します。トイレ(ホジャットハナ)へ。このカフェもトイレットペーパーは切ろうとするとビヨンビヨンと伸びるストレッチタイプです。どうして伸びるんだろう?ケーキもおいしくて、コーヒーもおいしい、でもこの国のひとたちは、ケーキをすぐに食べてしまわないらしい、ケーキをテーブルに置いたままずっとお喋りしています。飾りのように。広い座席で3日間の日記をノートに書きながら、とにかく昼になったら次の街、ブハラに移動するんだと自分に言い聞かせます。追加でコクチャイも注文して、お会計は12%の税も乗って43,680スム。日本円なら700円未満でも、ちょっと贅沢なカフェです。




カフェを出て、またまっすぐ進んでいると「カリアー」と声を掛けられるので「ヤポン」とか適当に答えて手を振ります。電氣屋の店員から「カリアー」と聞かれたので「ヤポン、ヤパン」と答えているとTPが街の中心地、レギスタンにはトラムで行ける?などと話しかけています。旅行用英語全盛の国では、私が質問や交渉の役割、TPはヒヤリング役で、それでも通じないしわからないことだらけで落ち込むこともあるけれど、基本的にウズベク語とロシア語しか通じない国では、TPも英単語を口にして、向こうも少しだけ知っている英単語を返してくれて、会話が成り立つのが面白い。店員さんは、身振り手振りでトラムは中心地に行かないから、駅から右行って左行って右、みたいなことを教えてくれます。ラフマッ!と元氣に挨拶して、そろそろサマルカンド駅に戻りましょう。

ブハラから戻ってきたらサマルカンドに一泊するそうだから、街の中心地レギスタンに行くバス停をチェックして、文房具屋で透明のファイルケース7,500スムを買って(とにかくロシア語を書きつける紙がバラバラになるから)、露店のおばさんからリンゴ2つ1,000スムを買って。リンゴ1個7円か・・・と途方に暮れます。

駅へ。まだ列車の出発まで1時間以上あるけれど、ウズベキスタンでは出発の1時間前なんて時間があって無いようなもの、3時間前だって待っているひとがいます。地元のひとにだけ厳しく怒鳴りつけるパスポートチェックを受けて、荷物のX線チェックを抜けて駅構内へ。駅のレストランで昼食。メニューが無いので尋ねると、プロフしか無い、チュクチュクと野菜を刻んで自分が作るというようなジェスチャーで教えてくれたので、プロフとコクチャイを注文します。イングロリアス・バスターズの長官似。プロフ(ウズベキスタン風炊き込みご飯)、おいしい。羊肉を甘辛に炊いたものも乗っています。60,000スム。ゆっくりと食べているとイングロリアスが自分の腕時計を指して、ブハラ?と急かしてきます。出発までまだ30分もあるのに、もう電車が来るよう。慌ててお会計をすると、イングロリアスは自分で作ったらしいトレーに乗ったサモサ(肉とか野菜の入ったパイ)を見せて「サモサ?」と聞いてきます。たった今プロフを食べたばかりだからもちろん断ると、イングロリアスはホームに駆け出して行きました。列車の到着に合わせて、ホームでサモサを売るらしい。そのためにお会計を急かしたらしい。

地下にあるトイレに入るとイタリア人らしき美人の女性が、トイレ清掃の大柄な中年女性を「ユーアービューティフル」と誉めています。普通のおばさん。イタリア女が去った後、褒められたおばさんは鏡を覗き込んで、ニヤッとしています。ホームに向かう地下通路で、でっかいリュックを背負ったアジア人青年がいたので「ハロー」と挨拶すると「ハロー」と返してくれます。どこから来たか尋ねると「サウスコリア」とのこと。同じ列車でブハラに向かうそう、あなたたちはきっと日本人だね?と言うのでイエスと答えます。どうしても不思議の思っていたことを質問します。「どうしてこの国では、韓国人?と尋ねられることが多いんですか。韓国からそんなに旅行者がたくさん来ているんですか」と聞くと「この国には韓国人がたくさんいます。スターリン、歴史の人、その政策で韓国からの移民がとても多いのです」というようなことを英語で教えてもらいます。それで納得した!ありがとうとお礼を言います。知らないことだらけ。それにしてもウズベキスタンでは英単語がほとんど通じないし、通じるひとでも簡単な単語しか使わないから、まるで自分が英語がペラペラになったかのような錯覚に陥る。何より、身振り手振りと紙に書いたロシア語だけでほとんどのことは通じるから、まるで自分がコミュニケーション能力に長けているかのような錯覚に陥ります。

ホームで。イングロリアスの仲間が「サモサ?」と聞いてくるので断るとイングロリアスが「プロフ」が何とか言っているのが聞こえます。あいつらはさっきプロフを食べたからサモサは買わないよ、みたいなこと。

列車に乗り込むと、定刻よりも1分前にスーッと出発しました。昨日眠れなかったというTPは、首がもげそうなほど眠りこけています。私もいつの間にかぐうぐう。

2時間ちょっとでブハラ駅に到着、ホジャットハナを済ませてKASSAでまたロシア語を書いた紙を見せて、翌日のサマルカンドに戻るチケットを買うことができました。またタクシー運転手がKASSAの中まで入ってきてタクシーを進めてくるので、TPに断ってもらいます。

駅前のバス乗り場で、中心地のラビハウズという街へ行きたいと言うと、停車中のバスに乗れと指示されます。運転手さんが氣を遣ってか、運転席の真横に座らされます。だだっ広い道路を、ただただまっすぐ進むだけ。バス停でないところでもどんどん停車して、どんどんお客さんが乗り込んで来ます。バスに向かって右の人差し指を斜め45度下に差し出すポーズで、バスは停車するようです。どこから乗ってもどこで降りても、料金は一律1,000スム。30分ほどで交差点に出ると運転手さんが「その道をまっすぐ」とジェスチャーで教えてくれます。2人分の2,000スム払って下車します。歩き方に書いてある交差点からラビハウズ行きの9番バスに乗り換えて、乗客が「ラビハウズ」と教えてくれたのでまた2,000スム払って降ります。

そこは、池のほとりにカフェやレストランが並ぶ、素敵な場所でした。雰囲氣も落ち着いていてこの街、結構好きだなと思います。本日の宿探し、一軒目の老舗ホテルで60ドルと言われて泊まるつもりでいたところ、TPが「ここは相場を知りたかったから聞いただけで、もうちょっと探そう」と言います。確かに。バス代だってひとり15円程度なのに、60ドルだったら492,000スム。バス代が100円だとしたらここは49,200円の宿だ。円の感覚にするには、スムを一桁切ると良いのかも知れない。

2つほど宿をめぐって、9月にできたばかりという宿に50ドルでチェックイン。最初の宿より82,000スムもお得です。宿のお母さんは英語が全く通じないので、近所の英語を喋る女の子を呼んできてくれての交渉。最初50と言った後で、やっぱり55となったのを躊躇しているとやっぱり50と下がったのも人間ぽくて可愛い。

さあ、ホテルは決まったし、シャワーを浴びて洗濯もして、着替えてから街に出ましょう。どんな街かな?昼間はTシャツでちょうど良いけれど夜になると急に冷え込みます。昨日まで、夜はコロンビアのダウンベストの上に、モンベルのおじさんジャンパーを着ていましたが、モコモコして動きづらかったので、今日は綿Tシャツ、ジャンパースカート風のワンピース、おじさんジャンパー、ダウンベストの順番で重ね着すると、ちょうど良いことに氣が付きます。極暖のスパッツも履いて。要するに昼はTシャツとズボン、宿にチェックインしたら昼着ていたものを洗濯して、ワンピースとジャンパーの防寒スタイル。完璧だ。宿のロビーで、お母さんがお茶を入れてくれました。受付には息子らしき青年がいます。お母さんにお茶おいしいと言うと、どういうわけか息子を介して「もしハーブティーがほしいなら、明日市場で買ってきてあげますよ」みたいなことを言われて、奥から出してきた地元のブレンドらしきハーブティーの匂いをかがされます。せっかくなのでお願いします。手のひらで夏みかんほどの大きさを作って、これくらいの量と伝えます。お茶を3杯ずつ飲んで出発です。

もう日が暮れてきました。宿の青年にお酒が買えるお店を尋ねていたので探すも、見つからず。歩き方に載っていたレストランに入ります。

カザフスタン風シープ、25,000スム。

マンティー、15,000スム。他にも前菜のサラダ(マッシュルームとキュウリの冷菜サラダ)13,000スム、生ビール20,000スム2杯。どうしましょう。何ておいしいんでしょう。これまで食べた中でもトップクラスのおいしさ、羊肉の新鮮さ、ほっぺたがもげそうとはこのこと、どうしましょう、こんなにおいしいものを食べて、日本に戻ってまた食べたくなっても食べられないから苦しむのはさぞかし辛いでしょう。今でもカンボジアクメールキッチンの生春巻きを、なぜもうひと皿注文して食べなかったんだろうと悔やんでいるくらいなのだから。前菜の覚書:きのこの旨味、炒め玉ねぎの甘み、湯通ししたようなキュウリの歯ごたえ、塩とオイル・レモンで和えてあるよう。カザフ風羊肉の覚書:脳天が開きそうなほどおいしい。マンティーの覚書:もうここに泊まりたいくらいにおいしい。羊の肉がぶつ切りで機械挽きじゃないよう。

このレストランの名前は覚えづらい、ひねるじゃなくてチネルじゃなくて、チナルが正解。ビールを買える店がないのでレストランで瓶ビールを2本買います。2本で30,000スム。お会計していると、皮をはいだ子羊まるごと、棒を刺して、お猿のかごやみたいにして厨房に運んでいるところを見ました。だからおいしいんだ。夜のブハラを散歩して、ブハラで手作りしたというピアスを買います。44,000スム。

宿に戻って、洗濯物をドライヤーで乾かしたり。

使ったお金を計算したり。普段は家計簿もつけない、何も考えずに買い物しているぐうたら者なのに、旅行に出ると几帳面になるとTPが笑います。日記をつけて4日間を振り返ってみます。でも流れでは思い出せない、瞬間瞬間の記憶しかない、つまり実感がない。どうしてこう実感が無いのかと考えてみると、何ひとつ自分たちだけで行動することができないからだと思い至ります。切符一枚だって言葉がわからないから誰かに教えてもらわないといけないし、料理だってよくわからないから尋ねなければならないから。