チェーズー…インレー湖

チケットをビリビリにされて一時は乗れないかと思っていたバスでしたが、乗車しても氣を抜くことはできませんでした。夜中に到着したサービスエリア風の場所はあまりにもだだっ広く、トイレは割り込みに次ぐ割り込み、レストランでは注文も難しい状態、30分間の休憩は人生で一番短い30分でした。そして朝の3時…着いたよと車掌さんに起こされてあわてて降りたところは、街灯が一本だけの山の中の村…ミャンマーの名所、インレー湖に近い街のはずなのにウソでしょ?と思いながら、TPが車掌さんに「シュエニャウン?」と聞くと、うなずきます。念のためもう一度あたしが「シュエ、にゃうん!?」と確かめてみると、あっと言う顔をして、また乗れと言うように手招きをします。どうやら、シュエニウみたいな感じの響きの街で間違えて降ろされたらしい。そして朝の5時着のはずだったのに3時だから、まだ2時間も離れている場所だったらしい。バスに乗っても、あんなところで間違えて降りていたらとカタカタと震える思いです。

ようやく朝5時、今度は本当、みたいな顔で車掌さんから降ろされた場所は、まだ真っ暗の大通り。あっと言う間に客引きの人がタクシー?トゥクトゥク?と10人ほど集まってきます。ミャンマーを旅行するってことは、客引きの人たちとの戦いなのか、でも彼らにもわたしたちをただの金づるの、行きずりの人だとは思って欲しくない、そう思って、一所懸命に伝えてみました。わたしたちはバゴーからたった今着いたばかりで、タクシーとかトゥクトゥクとか考えたくないから、ちょっと落ち着いてガイドブックを見たい。バゴーでもたくさんの人が寄ってきて、本当に大変だったんです!そう適当な英語で訴えると、リーダー格の人が、周りの人に通訳してくれ、暗闇の中でもある程度の距離を保ってくれます。TPとガイドブックを広げて、今いる場所、これから行きたい場所を確かめます。リーダー格の人にもう一度、ホテルまで送ってもらったら、そこからは絶対に、ツアーとか誘わないで欲しいと言うと、わかった、絶対にホテルまで送るだけ。そこから何の勧誘もしないとのこと。6000チャットで、インレー湖の中心地まで乗せて行ってもらいます。

タクシーに乗って進む道。インレー湖まで40〜50分ほどあると言うのに、すでに大きい池のような水辺が見えています。タクシーの運転手さんに名前を尋ねてみます。ポットさんと言うらしい。ねぇねぇポットさん、ヤンゴンからチャイティーヨー、バゴーまで、客引きの人たちが沢山沢山寄ってきて、タクシー、タクシー、いくらなら乗る?と言われ続けて本当に大変だったんです、バゴーではバスチケットもビリビリに破られて、あたしは泣いたんですよ、そう言ってみると、おーと悲しそうな表情がバックミラーで少し見えて、ヤンゴンヤンゴン、バゴーはバゴー、インレーはインレー、どの街もそれぞれ違って、それぞれ運転手たちも違う。インレーはとても穏やかな人たちが暮らす街だから、そこは安心して欲しい。そしてもし君たちが僕を信じてくれるなら、おすすめしたい宿がある。ねぇねぇポットさん、その宿にわたしたちが行ったら、ポットさんは宿の人からお金をもらえるの?はははっ、コミッションのこと?それは無い。ただその宿はとても清潔で、何より安くて、オーナーは僕の友人だからただ紹介したいだけと言います。

ポットさんは誠実そうな人。それでも、わたしたちが連れて行ってとお願いした宿、ゴールドスターホテルは高い、もし君たちが僕を信頼してくれるなら、自分が紹介したい宿がある、ここが分かれ道だよとなかなか譲ってくれません。それでも。最初にゴールドスターホテルに行って欲しいと伝えて、もしあまり良くない宿だったら、あなたが紹介する宿に連れて行ってと言って、ホテルへ到着。


受付へ行ってみると、若かった頃の林寛子みたいな可愛らしい女性が、部屋は空いてますよ、一泊35ドル、部屋見ます?と言うのですぐに着いて行きます。開放的で、シャワーも清潔でバスタブもあって、何より、まだ朝の6時だと言うのに、もう部屋に入っていいと言います。朝食もどうぞとのこと。監視カメラもあってセキュリティーもしっかりしていて、何より林寛子ちゃんが感じが良いのでここに決めましょう。身体もクタクタだし。

チェックインのためにロビーに降りて、TPはポットさんにチェックインしたと伝えました。私は持参の弁財天の泥人形、たまたま近所の神社で300円で買っていたものを、あなたの紹介する宿に泊まれなくてごめんなさい。これは日本のラッキーチャームです。良かったらと差し出すと、とても喜んでくれました。それを見守っていたホテルの人たちは、すぐに門を閉めて、鍵をかけています。運転手さんたちも本当に大変なんだな。


ホテルの受付で、インレー湖に行きたいと言うと、朝8時半からふたりで20,000チャットでツアーができますとのこと。ボートを貸し切って、夕方の4時までのツアーだそう。長過ぎるので半日ツアーとか無いんですかと聞くと、ごめんなさい、無いんですとのこと。どちらにしてもまだ朝の6時だもの。仮眠をとりましょう。

それにしても。昨日はバイク男にキムチーと言われたり、バイク男の知り合いだと言うバス会社の人からチケットをビリビリにされて悲しかった。そして朝の3時に間違えて降ろされそうになったことも恐ろしかった。それなのに今日は早朝なのにチェックインできて、素敵な部屋で荷物を降ろすことができた。ホッとして私がシャワーを浴びて身体を休めている間、TPは朝ごはんを食べに行って、ツアーを申し込んできてくれました。

朝8時20分。10分前にロビーに降りると、ボートの運転手さんがもう待ってくれていました。小錦をひと回り小さくしたような人。こっちこっちと身振りだけで桟橋の方に連れて行ってくれます。駆け寄って、お名前教えてもらえますか?と聞くと、ラミッスさん。心の中でラミちゃんと呼ぶことにします。

  
 

ラミちゃんは無口な人みたい。桟橋では青年ふたりが大量のトマトを運び出しています。挨拶を交わすラミちゃんと青年たち。竹の棒で器用にボートを操って、ラミちゃんは私とTPをボートに乗せてくれ、ブルンとエンジンをかけて川から湖へと漕ぎ出しました。すれ違う出勤、通学途中のミャンマーの人たち、西洋人観光客の人たち、中国人観光客の人たち。湖だけ、空だけの景色をボートは進んで行きます。

こんな景色の中に身体を置きたかったのかも知れない。昨日はここまでたどり着くことができないかもと覚悟した瞬間も何度か有ったけれど、今はこうして水の上で、空だけを眺めて、ここにいることができている。天国のよう。

30分ほど走ると、水上生活の村みたいなところに入って行くと「シルバー」とだけ言われてボートを降ります。銀細工の集落らしい。いくつかピアスを試着してみたけれどどうしても欲しいと思うものが無かったので船着き場へ戻ろうとすると、入り口の休憩所で店の人たちとくつろいでいるラミちゃん。戻ってきたねと言う顔をしたので、タバコ一本吸わせてと言って、ポケットを探るとどうやら忘れてきたよう、タバコ無かったと言うと、ラミちゃんは店の人たちからタバコを一本もらってくれ、ここに座って吸いなさいと手振りで示してくれます。店の人たちだけじゃなくてボート漕ぎ仲間もたくさんいる休憩所。ベンチに座って私とTPもボート漕ぎ仲間のような顔でくつろいでいると、西洋人観光客の人たちが不思議そうな顔でこちらを見ています。ラミちゃんが食べろと言ってすすめてくれた果物らしきものは、紫色のスイカみたいなもの。瓜のような味です。初めて食べたと言うと、そうだろうと満足そうにうなずくラミちゃん。



次は、水上マーケットの村、それからコットンの村、巻きタバコの村。ラミちゃんは何ひとつ、店で何かを買えとか何を買ったかなどと聞かずに、訪れる場所ごとで降ろしてくれてわたしたちが戻るのを見ると、ボート漕ぎ仲間たちのベンチに呼んでくれて、テーブルにあるおやつを食べさせてくれ、お茶を飲ませてくれます。大豆の醤油煮がおいしい。おいしいと言うと際限なく手のひらに乗せてくれます。行く先々でただわたしたちを自由にさせてくれます。あまりにも自由なのでTPは途中でお礼として缶コーラを買って渡していましたが、フッと鼻で笑っただけですぐにバッグにしまっています。最初からどこに行くとは言われていないし、何時集合とも、次がどことも言われていないから、ただただ自由に好きなだけ見て回るだけ。

インレー湖の名所だと言う水上寺院のひとつ、ファウンドーウー・パヤー。金色で、賑やかなところ。イート、と言われてここでお昼ごはんを食べてこいってことだなとわかって、うんとうなずいて、お寺に入ります。ミャンマーのお寺は基本的に裸足で上がるそう。アチアチッと罰ゲームのように、灼熱のタイルを歩いて渡るとミャンマーの人たちがまたしてもゴザを広げてピクニックをしていました。


ずらーっと露店も並んでいます。洋服、刃物、お菓子、お好み焼き。ミャンマーの人たちが野菜や弁当を運ぶのに使っている、ビニール紐で編んだカゴも売られています。極楽を歩いているよう。裏手に回るとようやく青空レストランが並んでいました。メニューはチャーハンとヌードルだけの店、チキンかポークかだけを選ぶらしい、そのおいしいこと!

カゴ市場で黄色いカゴ(2500チャット)を買って、お寺にお参りして、すれ違う人が私が提げているカゴを見てニッコリするので、掲げてみせるとまた笑ってくれたりして。こんなにゆったりした氣分は久しぶり、極楽だと思います。

たっぷり2時間ほどくつろいで船着き場に戻ると、ラミちゃんは待合所で寝転んでいました。カゴを見せると嬉しそうにニコッと笑っています。そして、これから最後に、もうひとつのお寺に行くと言うのでうなずきます。それにしても、どれだけ色んなボートから追い越されても平氣なラミちゃん。追い越して行くボートに乗っている人たちは、傘をさして水しぶきを避けています。ラミちゃんは安全運転。すれ違うボートの子どもたちが何度も手を振ってくれるので手を振り返します。中国人の団体さんも手を振ってくれるけれどスマホのムービー録画を回しっぱなしです。地元の人だと思われているんだろうか?必要以上に手を大きく振ってサービスします。



水草のようなものがたくさん茂った、細い水路に入るとこれまで無口だったラミちゃんが、立ってみてと言うので立ち上がります。竹の竿が何本もささっているところ。トマトと教えてくれます。そうか、水耕栽培をしているんだね!朝、桟橋でトマトを大量に抱えた青年たちとすれ違ったけれど、インレー湖はトマト栽培が盛んなんだね!喜んでいると、満足そうに何カ所でも、ここで立ってと言われて立ち上がるけれど、どこを見ても同じ、どこまでも広がるトマト畑です。


ガーペー僧院。トマト畑を抜けると、トタン屋根のお寺が見えました。サビだらけのトタン屋根がお寺だとわかった瞬間に心がビカビカッと光ります。そうだ、お寺って何も豪華な瓦や、金ぴかにする必要はない、トタン屋根のお寺こそ本当の魂の拠り所なのかも知れない。ボートにサンダルを脱いで、裸足で上陸します。地元の人たちが学校帰りに駄菓子を食べていたり、お喋りに寄っている場所、賑やかで、寺の中は平行感覚が狂うほど微妙に傾いていて。今日のインレー湖巡りは最高だったけれど、このトタン屋根のお寺に出会って、着地したと思いました。

ゆっくりと拝んで戻って、ラミちゃんにもとてもいいお寺だったと言うと、うんうんと満足そうにまた大きくうなずいてくれました。

日が傾いたインレー湖もすてき。ずっとボートに乗っていたいけれど、陸地に戻る勇氣ももらえた。最初の桟橋でわたしたちを降ろすと、サンキューと言うのでチェーズーティンバーデーと答えます。チェーズーティンバーデー。ありがとう。こんなに自由な一日を過ごしたのはいつ以来だろう。ホテルまで遠回りして散歩しながらTPと歩いて、ひと休みして、晩ごはんを食べに行って戻って、ぐっすりと眠りました。チェーズーティンバーデー。