バスは走り出した

キンブンというチャイティーヨーのふもとの街で目が覚めて。昨日の夜もおとといも、一日に何度も停電がありました。ブーンと止まるエアコン、真っ暗のさらに先の闇となる宿。そんなことはもうどうでも良くなってぐっすりと眠ります。朝の5時半、宿のすぐ前のチャイティーヨー行きのピックアップトラック発着所ではスピーカーから爆音のお経が流れ続けています。聖地をお参りするためにミャンマー中からミャンマーの人たちが集まるそうです。朝6時、私たちもトラックに乗るために発着所へ向かいます。


トラックの荷台にスポンジのついたステンレスパイプが何本も通っているだけのもの。何台も停まっているトラックに係の人が仕切ってギュウギュウに座っていく仕組みです。圧倒されてボーッと立っていると、嫌がるミャンマー人家族の子どもを膝に座らせてようやく空いたスペースに、日本人の私たちがお尻をギューッと押し込んで座ることになりました。乗っている人を数えると…80人以上はいます。出荷されるニワトリ氣分でギュウギュウ詰めを楽しんで、1時間のドライブです。風が氣持ちいい!


山道を上がって下がってまた上がって、突然停車して料金を徴収されて(なぜ、今?と思った。ひとり2000チャット)ようやくたどり着いた参道への入り口。屋台は決して清潔じゃないのはわかっているけれど、お腹がすいてたまらないので崖っぷちの絶景屋台でモヒンガーらしきものを食べます。私はゆで玉子を追加してもらいました。2杯で1500チャット。ガイド本には屋台の飲み物には注意とあるけれど、だんだん関係なくなって出てきたお茶なども平氣で飲んでしまいます。おいしい。


参道の賑やかなこと。誰もがピクニックに行くような顔でウキウキしています。カフェがあったのでTPを「おごるけん、お茶しよう」と誘います。コーヒー豆を砕いたものにお湯を注いだだけのもの、2杯で600チャット。朝からインスタントでない本格派コーヒーを飲めてしあわせです。お値段も一杯30円未満なのでルンルンが止まりません。店の人は野良犬に売り物のドーナツをちぎってくれてやっています。これも布施みたいなものでしょうか。


参道を進むと、警察みたいな制服を着た人から声をかけられます。ミャンマー人?と言うのでノーノーと物売りを避けるように通り過ぎようとするとストップストップとあわてて追いかけてきます。どうやら外国人はひとり6000チャットを払う決まりらしい。ごめんなさい!と謝って支払いを済ませ、首から通行証をぶら下げます。外国人かどうかは、じっと目をこらして見た目だけで判断しているらしい。ここ数日でミャンマーの男性は、半数がなでしこの佐々木監督(のりさん)に似ていることがわかりました。そっくりな人が多いのですれ違っても宿の人かな?さっき会った人かな?と戸惑います。関所で靴を脱いで裸足になって、大理石が敷き詰められたところやコンクリートの階段を進みます。ところどころ野犬のウン◯があるので要注意!(ましてやその上に座っちゃうだなんて絶対に嫌!)


徒歩20分ほどでチャイティーヨー、いわゆるゴールデンロックという巨石が目の前に現れました。これかぁ!TPはひと目で氣に入ったようで、あちこちから、あらゆる角度から写真を撮ってはジーッと眺め入っています。可愛い形に惹かれているようです。女人禁制で、触れるほどの距離へは男性しか入れません。TPは願いを込めて貼るという金箔を買ってミャンマーの人たちに混じって近くまで行っています。少し離れたところから見ていると、TPがすべり落ちそうに見えるのか係の人がそっと後ろ側をサポートしたり、少しでも動くとすぐに近寄ってカバーしてくれています。本人は全然氣付かずに金箔を貼ったり(ものすごく少しずつ、時間をかけて一所懸命貼っている)、手を合わせて拝んだり(お願いすることもそれほど無さそうに見えるけれどものすごく一所懸命拝んでいる)、カメラマンの私をキョロキョロと探したり(よりよく映る場所に私は勝手に移動していた)しています。ププッ。拝み終わっても愛おしそうにジーッと岩を見て、余程氣に入ったんだなと思います。

ミャンマーの人たちは、本当に寺ピクニックが好きみたい。チャイティーヨーでもあちこちにゴザを広げて持参の弁当をつついています。派手な色のビニール紐で編んだカゴを全員が提げていて、そこにインド風のステンレス3段重ね弁当箱やお茶を入れたポットを詰めています。私も日本に帰ったら、もっとピクニックしよう。母は私と弟が子どもの頃、家の前の公園でもゴザを広げて弁当を食べさせてくれたり、祖母もことあるごとに神社や公園で弁当を食べさせてくれたり、いつも遠足氣分を楽しんでいたっけ。

またギュウギュウ詰めのトラックの荷台に乗って山を下ります。降りた途端、客引きの人からバス?ホテル?と声をかけられまくります。バスと言えば、今日はインレー湖の街、ニャウンシュエに移動する予定だからと話しを聞いてみます。オフィスへ連れて行ってもらって、インレー湖へ行くには途中のバゴーという街で乗り換えが必要だとわかります。バゴーからは夜行バスで早朝に到着だそう。ホテル代も浮くし、ふたりで42000チャット。グッドバス、VIPバスとのこと。チケットを受け取って、宿で荷物を整えて、いざ出発。バゴーまで3時間、バゴーからインレー湖までの乗り換えに5時間ほど時間があるそうだからバゴーを観光したらいいとのこと。


乗り込んだバスはエアコンの効かない、普通のバスでした。バゴーが終点じゃなさそうなので、車掌の青年(長友そっくり)に何度か念押しして、ちゃんとバゴーで降ろしてもらうように氣をつけます。眠ったり起きたりしながらたどりついた場所は、町外れの大通り、何も特徴のないような場所です。すぐに客引きのが寄ってきたので断って歩き出そうとすると、自分はバス会社の人間!日本人ふたりを待っていたんだよ、これからインレー湖に行くんでしょう?とのこと。あらそうだったんだ、ゴメンゴメンと謝ってついて行くと、そこはレストランです。なぜ?レストランにはバス会社の男と、もうふたり別の男がいました。TPは、もういいよ、出ようと言います。お腹すいたらここで何かを食べたらいい。それより。これから5時間もある。ここには名所旧跡がたくさんある。そこで。トゥクトゥクをチャーターして巡ったらいい、金額は40ドル(40000チャット以上、今日買った夜行バスの金額とほぼ同じ!)。TPとふたり速攻で高い!と言うと、じゃぁいくらなら乗るんだと詰め寄ってくるので、私たちは、まだこの街に着いたばかりで何も決めていない。だから少し落ち着いてガイドブックを見て、できれば少し散歩したい。トゥクトゥクには乗りたくないと断ります。それでもしつこく誘われたけれど、TPがもういいよと言うので、リュックを背負って道に出て、歩きはじめました。

しばらく歩いていると、先ほど店にいて何も喋らなかった男がバイクで追いかけてきて、このバイクをふたりで好きなように乗ってくれ、たった1000チャットでいい。自分にも家族や子どもがいて生活が大変で…と言います。TPはすぐに断って歩き出そうとしていますが、私は1000チャットなら安いけん、TP運転できる?と聞くと、嫌だよ!とのこと。この国は右側通行で、信号もほとんどなく、猛スピードで突っ込んで行く運転スタイル。ヘルメットなど誰も被っていません。それもそうだなと思って何とか断ります。

観光して乗り換えのバスに乗るために、目印とする看板を写真に撮っておきます。10分ほど歩いて通りすがりの人に道を尋ねると、最初の目的地としていた涅槃像とは反対方向だったことがわかります。困っていたところへバイタクの人が声をかけてきたので、目的地近くの時計塔まで何キロ?と尋ねると3キロとのこと。熱波。頭もフラフラです。料金はふたりで1000チャット。TPは乗ろうと言うけれど私はさっき追いかけて声をかけてくれたバイク男も同じ1000チャットと言っていたし、申し訳ないと思います。それでも。顔を隠しながら元来た道を、最初に着いたレストランの前を通って反対方向の時計塔まで。3キロと言ってもとても歩ける距離じゃなかった。運転手さんがこれまでの客引きの人とは違ってとても感じが良く、距離からするとガイドブックを参考にしてもぼったくろうともしない料金設定で、誠実そうだったので豆招き猫を渡してみました。ジャパニーズラッキーチャーム、リトルキャット。そう言って渡すと、プッと吹き出すような顔で、手をグーにして顔の横にして招き猫のマネをして、サンキューと言ってくれました。チェーズーティンバーデーと言い合って分かれます。

ミャンマーの街ではあまりない、冷房のよく効いたデパートがあったので入ってみます。フードコートで食事をすると、日本人を珍しそうに店の人がとてもよくもてなしてくれ、お味はどうですか?とかサービスにはご満足いただけましたか?などと聞いてくれます。ミャンマーと言っても、しつこい客引きの人やサービス精神にあふれた人、色んな人がいるんだな。もっとひとりずつを良く知ろう、良く見よう。店の人にこれから涅槃像へ行きたいけれどどうやって行けますか?と尋ねると、トゥクトゥクがいい、ふたりで5000チャットくらいと言います。デパートを一歩出るとすぐに通りがかりのトゥクトゥクお兄ちゃんが声をかけてきます。ガイドブックを見せながら、ふたりで涅槃像までいくら?と聞くと、2000チャットとのこと。えらく安いなぁと思っていると、途中で停まって、知り合いの店の賢そうな女の子を呼び出して、ガイドブックをもう一度見せてと言うので渡すと、女の子がミャンマー語で行き方を説明しているよう。女の子がふたりで10000チャットと言うので、えー、ふたりで2000チャットって言われたよ!と言うとトゥクトゥク兄ちゃんは、ミャンマーの人たちが時々見せる仕草、おでこを手のひらで叩いてアチャーと言っています。どうやら知らないのに乗せてみたらしい。みんなで笑って、それならふたりで5000チャット(デパートの人が教えてくれた相場)ならいいね、そう言い合ってトゥクトゥクは走り出します。いつの間にか、ジャンキーみたいなオヤジが乗り込んできていて、私たちにガイドをすると決めてしまっています。断ったのに、約20分ほどで涅槃像に到着しても、ジャンキーが一緒に降りてあれこれ言ってくるので、トゥクトゥク兄ちゃんに、この人誰?と聞くと、どうやらそのジャンキーはただ乗りらしく、兄ちゃんも怒ってくれています。

ほっ、やっと涅槃像に着いた。とても大きい像だけれど、どういうわけか先に涅槃像を作ってしまったようで入場しなくても外から丸見えです。これから屋根をつけて見えなくするとガイドブックにはあります。屋根をつける前にすっかり雨風で汚れてしまったのか、何人もの青年たちが涅槃像によじ登って、ロープ一本で涅槃像を磨いています。

何だか色々とくたびれたので、入場せずに裏のベンチでひと休みすることに。


この国を回るには、しつこい客引きの人たちに対策を立てねばならんね、などと話し合います。それでも、さっきのバイク男は親切そうやったよ。招き猫渡そうかななどと話すとTPは、あいつは信用できんと言うので、そうかなーと答えます。

路カフェでお茶。生水とカットフルーツには注意とガイドブックにはあるけれど、思わず手づくりレモネードを頼んでヒヤヒヤしながらも飲み干します。

さ、ちょっと早いけれど最初のレストランに戻ろうか。歩き出すとすぐにトゥクトゥクの人が声をかけてくれるので、バスチケットを見せて乗り込んでバスセンターまで。到着したところは、最初のレストランと風景が似ているけれど違う場所。それでも近くにたむろしていた不良少年みたいなグループが、バスチケットを見て、この中にオフィスがあると教えてくれました。向かっているとジャンキーみたいな上半身裸男が、こっちこっちと連れて行ってくれます。ジャンキーの巣窟みたいなオフィス。バスチケットを見せると、最初のレストランに戻った方がいいとのこと。歩いてすぐだと言うので、向かってみます。それにしても、最初のレストランがどこだかわからなくて、乗り換えのバスもチェックしなかったのは反省です。

しばらく歩くと、この景色、見たことあるなぁとTPと話し、振り返ってみると最初に写真の撮っておいたバイクの看板がすぐそこにありました。あー危なかった、ここだった!すぐそこにあったレストランへ入ろうとするとバイク男がすかさず出て来て、いやー、君たちを待っていたよ。バス会社から連絡があってね、君たちのチケットが満席で変更になったんだ、でも大丈夫、俺が替わりのチケットを手配したからと、さっきとは違うバス会社に連れて行かれました。先ほど道を聞いたばかりの不良少年グループが私たちを見て、バイク男のことを、あいつはウソ、ウソと日本語で教えてくれています。嫌な顔をするバイク男。ウソってどういうこと?と思いながらも、バイク男が何度も、キムチーと言うので、キムチって何?キムチは今食べたくないよなどと答える私。バスが変更になるってどういうことだかわからず頭が真っ白(このときTPは何度も、キムチーじゃないよ、氣持ちだよ、お氣持ちで金払えってことやない?とか、ついて行くのやめようと私を止めていたらしいけれど、真っ白頭は白昼夢のように、バイク男について行っただけでした)。

替わりのチケットを手配したというバス会社の軒先で、バス会社の人だと言う人から新しいバスチケットと座席を記入してもらっていると、バイク男が「というわけで手数料として2ドルだけでいいよ」と言うので、頭の中が真っ白な私は、あら?そもそも私はバスチケットを持っているし、それが満席ってどういうことかいな?ちゃんと予約したのに。ねぇ、TP、満席って変よねと言うと「だから変なんだって、この男の話しを聞かん方がいい」と言うけれど、それでも、何で?などと私が持っているバスチケットと、新しく書いてもらったバスチケットを見比べながらぼんやりしていると、突然、バス会社の人と言う人が私が最初に持っていたバスチケットを取り上げて、これはもう必要ない!とビリーッと半分に破き始めてしまいました。咄嗟にノー!!!と叫んで、その男が破ろうとするチケットを奪い返そうと、手のひらを掴んで指を一本ずつ外して、TPも加勢してくれて何とか、ビリビリになったチケットを取り戻します。

「何でこんなことするとー!!!」興奮して叫んだ言葉は、英語だったのか博多弁だったのかはわかりません。ごちゃ混ぜだったようにも思う。何で、何であたしのチケットを破いたと!?興奮して振り返ると、バスセンターに到着したばかりのミャンマー人たち、周りのバス会社の人たちが全員、ジーッと事の成り行きを、同情するような顔で見守ってくれています。大騒ぎになっちゃった。バイク男はあわてて逃げて行きます。私は映画、白痴の主人公のように、ビリビリに破られたチケットを手に、最初に連れて行かれたバス会社、ジャンキーの巣窟へ向かって行きます。これ、ビリビリに破られたんですけど、そう震える手でビリビリチケットを見せて訴えると、それはシーザーバスのチケットだから、シーザーバスで聞いてごらんと言います。シーザーバスって?と聞くと、バイク男に連れられて行って大騒ぎしたところです。どういうことだかさっぱりわからず、バス会社が並ぶバスセンターの真ん中で途方に暮れていると、シーザーバスの後ろの方にいた青年が、いかつい顔のおじさんを連れて来てくれて、その人に事情を説明してくれた後で、大丈夫、新しいチケットであなたたちはバスに乗れます、安心して、ノーコミッション、つまり追加料金はいらない、安心してと何度も言ってくれたので、私はホッとして涙が出ました。

試しに、トイレ付きのVIPバス?と尋ねると、申し訳なさそうに、ノー、ノーマルバス、とのこと。シーザーバスの軒先でバスが来るまで待たせてもらいます。

それにしても。一体何だったんだろう。最初に連れて行かれたジャンキーの巣窟と、バイク男はつながっていたんだろうか?バスチケットは最初から変更になっていなかったんでしょう。ガイドブックにはバス会社の人間のフリをして、手数料をせしめる詐欺が横行しているとあったから、きっとそれだな。それにしても。2ドルなら安い。バス会社の男がチケットをビリビリに破らなければ払っていたかも知れない。TPは、全ての騒ぎが終わって、バス会社の軒先のプラスチック椅子に座って、私が抜け殻のようになっているのを見届けると、ようやく、笑いが止まらなくなって、大笑いしています。どうやら、何度もついて行かん方がいいと言っても、ボーッとバイク男について行ったと思ったら、チケットをビリビリにされてそれを奪い返して大騒ぎして顔をクシャクシャにして大泣きして、すごかったそう。「いやー、久しぶりに門ちゃん劇場を見たわー」インレー湖行きのバスに乗っても、しばらくすると何度も思い出し笑いが止まらないようで、思い出してはひとりで笑っていたっけ。

TPは笑うかも知れないけれど、私は真剣だった。豆招き猫だって渡そうとしていたくらいだから。思い返してみると、たった1000チャットでバイクを借りていたら、返す時に、難癖をつけられてもっとひどいことになっていたかも知れない。そう思ってぞーっとします。同時に笑ってもらえるなら大騒ぎした甲斐があったわ、そう思います。

インレー湖行きのバスは、1時間遅れで到着しました。そこら中をうろついている野良犬の子犬が足元にやってきて、和ませてくれます。安心してと言ってくれた青年は、バスが来るまで何度もこちらを氣にしてくれて、バスが着いた瞬間に教えてくれて、席まで案内してくれて、優しくしてくれました。周りに色んな大人たちがいるだろうに、シーザーバスで働いている青年の誠実さを思うと、とても豆招き猫などを渡す氣分にはなれず、心からただ感謝して頭を下げるだけ。ノーマルバスと言われたバスは、案外大きくて座席もゆったり。お坊さんたちも何人か乗っていらっしゃいます。冷房ガンガンで頭が冷えるのか、バスタオルを巻いていらっしゃいます。観光客など他にはおらず、全員が地元の人たち。あーあ、今日は大騒ぎしたからくたびれたな。目が覚めたらインレー湖なんだな。それにしてもチケットをビリビリにされたときは怖かったな、そう思いながら席で眠りにつきます。


バスは、走り出しました。