そうさなあ、ワインオープナーは無いなあ

f:id:monna8888:20191003191500j:plain

真夜中に到着したホテルのカーテンを開けてみると、雨です。外の喫煙所で一服していると、カナダ人の女性が声をかけてくれます。「どこから来たの」日本と答えて少しお喋り。プリンスエドワード島には、妹を訪ねて車で2年に1回は来るの。でも今度から春に来ることにする、だって寒いんだもん、とのこと。私のつたない英語、途中で言葉に詰まっても「大丈夫、意味はわかるわよ、ノープロブレム」と励ましてくれるおばさん。私は夫とふたりで旅行に来たこと、8日間滞在すること、これからアンの村に行くけど、夫の運転は心配、だって左ハンドルだからとか言うと「わかるわー、あなたの国は左側通行で反対なのよね」と笑ってくれます。

f:id:monna8888:20191003194253j:plain

今日の宿は朝ごはん付き。ビュッフェのことをカナダのひとたちは「バフェッ」と発音しています。バフェッで、パンやら玉子やらウィンナーやらを取って、リンゴもあったので取って齧ってみます。ジューシー。

f:id:monna8888:20191003194303j:plain

他の観光客のひとたちも皆、空港近くのシャーロットタウンからプリンスエドワード島の端っこ、モンゴメリーさんのふるさと、キャベンディッシュに行くんだろうか。

f:id:monna8888:20191003195043j:plain

TPは、見知らぬおじさんから英語で使い方を教えてもらいながら、自分でワッフルを焼いています。食堂に集まってきたひとたちからは、日本語も聞こえてきます。どうやらツアーに参加している日本人の女性たちのよう。会話から、彼女たちが個人旅行で、ほぼ初対面なことがわかります。女のひとたちがプリンスエドワード島に憧れて、ひとりでツアーに参加するって素敵だなと思います。

f:id:monna8888:20191003220030j:plain

今日はここから車で30分ほどの、キャベンディッシュという赤毛のアンの村に行きたい、そして明日はまたシャーロットタウンに戻ってきてバスで3時間ほどのモンクトンまで行きたい。なぜなら今日の宿と、明日のモンクトン発ケベック行きの深夜列車を予約しているから。朝食を食べて、チェックアウトして、何の宛もなく歩き出す道。宿でもらった地図を見ながら歩いていると、ホーランド大学というレンガ造りの大学の向こうに、大きい虹が見えます。雨も上がったし、何とかなるさ。まずは街のインフォメーションを目指します。

インフォメーションで、係のひとに今夜のキャベンディッシュのホテルの予約票、明日の列車のチケットを見せながら、この近くのレンタカー屋さんと明日の長距離バスのバス停などを教わります。バスセンターにも電話してくれますが、誰も出ないとのこと「レンタカー屋で、この番号にかけてもらったらいいわよ」とメモをくれますが、本当にレンタカー屋さんが関係のないバス会社に電話してくれるんだろうか、そのことをまたレンタカー屋さんに私はつたない英語で伝えられるんだろうか。少し心配になりながら、PEIカーレンタルへ。デルタホテルの1階に、そのレンタカー屋さんはありました。

受付で、黒髪の中年女性がにっこりと迎えてくれて安心します。車を借りたいこと、ただキャベンディッシュから戻ってきてバスに乗れるかわからないことなどを伝えると「良かったらバス会社に電話しましょうか」と申し出てくれます。何度か電話してつながったところで「今私たちのところに来ている旅行客が、明日、バスに乗ってモンクトンに行きたいと言っているけれどバスの予約は必要?」などと私たちにもわかりやすいようにゆっくりとした英語で聞いてくれています。電話を切って、どうやらモンクトン行きのバスの予約は必要ないこと、出発は午後の1時、でもバス停がここから歩いて2キロのところにあることを教えてくれます。お礼を言うと、明日、12時10分にここに戻ってきて、バス停まで車で送って行くとまで言ってくれます。何てありがたい!遠慮せずにご厚意に甘えることにします。

f:id:monna8888:20191003225723j:plain

PEIカーレンタルの女性の名前は、イシュマエルさん。イシュマエルさんの相棒の男性が地下から車を出してきてくれ、簡単にキャベンディッシュまでの道も教わっていざ出発、しようとしても車はフォード、小さいコンパクトカーと言われたけれど日本人から考えると高級な自動車、左ハンドル、大きい車です。運転席のTPは、シートを前に出そうとボタンを押すとシートが上がってしまったり倒れてしまったりしています。サイドブレーキの外し方がどうしてもわからず、イシュマエルさんの相棒も去った後なのでまたPEIカーレンタルに戻ってイシュマエルさんを呼んできて、サイドブレーキの外し方を教わります。ギアの横のボタンを指でちょんと引っかけて上げるだけで外れるらしい。いよいよ出発。最初の道を右。ウィンカーを出すはずが、ワイパーがバタバタと動いているからヒヤヒヤのドライブの始まりです。

f:id:monna8888:20191003230940j:plain

ワイパーが動いたままのドライブ、本当に雨が降ってきてくれて、安心します。

f:id:monna8888:20191003235156j:plain

道路の標識で、TPはキャベンディッシュのCの文字に目をこらして、片道一車線の道を進んでいます。私は恐ろしくてたまらないけれど運転の邪魔をしないように、口も目も閉じています。20分ほど走ると、赤毛のアンの村っぽい景色になってきます。開けたところに車を停めて、地図を確認。予約した宿はまだ開いていないので、真ん前のインフォメーションセンターへ。村の地図をもらって、訪ねた方が良い場所と、この島名物のロブスター料理を食べられるレストランの場所、酒屋などを教わります。この村で作られたという紫色のカップが、赤毛のアンに出てくる水差しのような形で素敵だったので、自分へのお土産に買ってみます。30ドルプラス税。

f:id:monna8888:20191004002947j:plain

教わったロブスターの店へ。

f:id:monna8888:20191004004039j:plain

ひとり29ドルのランチコースを注文します。ミヤコ蝶々のようなお婆さんが、一品ずつ運んでくれては、どう?おいしい?と声をかけてくれます。

f:id:monna8888:20191004004045j:plain

奥の方には、日本人女性たちが10人ほど、ツアーで旅行しているようで、15分後に出発でーすなどと日本語が聞こえてきます。

f:id:monna8888:20191004004857j:plain

クラムチャウダーもおいしいけれど、次に出てきたサラダのドレッシングがめちゃめちゃおいしい。蝶々さんにドレッシングの材料を尋ねると、ワインビネガーだとすぐに教えてくれます。

f:id:monna8888:20191004005310j:plain

ムール貝が大量に出てきます。TP「ムール貝をこんなに大量に食べるの、人生で初めて」そもそも私もTPも、ムール貝自体をほとんど食べたことが無いんじゃないかしら。

f:id:monna8888:20191004011303j:plain

大量のサラダとムール貝を食べてしまうと、身の詰まったロブスターを入れる空きスペースが、ほとんど残っていないけれどこれが目的なんだからと無理やり胃にに詰め込みます。でもおいしい〜

f:id:monna8888:20191004014328j:plain

サラダとムール貝とロブスターでお腹いっぱいのところ、大きいデザートが出てきて、また無理やり詰め込みます。さすがの食いしん坊TPも、大量のフレンチフライポテトを「テイクアウトできますか」と尋ねて、持ち帰り用の紙パックをもらっています。それを見た別のテーブルの旅行者たちも、紙パックをもらっています。

f:id:monna8888:20191004023330j:plain

夕方4時には閉まるという酒屋で、ビールとワインを買ってみます。PEI産のワイン、おっといけない、プリンスエドワード島を略して、この島のひとたちはPEIと言うらしいし、あちこちにPEIの文字も出ています。「日本に帰って、どこに行ったのか聞かれたらPEI、あ、プリンスエドワード島ですって答えよう」などとTPが言っています。TPはこの旅でずっとキャベンディッシュのことをキャンベルディッシュと言っていますがそのことには触れずにおきます。

f:id:monna8888:20191004030744j:plain

インフォメーションセンターをキャベンディッシュの中心と考えると、海に向かって右端にロブスターと酒屋、中心に戻って少し左にグリーン・ゲイブルズ、つまり赤毛のアンの世界を再現した村があります。それにしても、村にはバスもないし、この距離を移動するには車を借りるしかなかった、TPありがとう、運転怖いとか言ったけど本当に助かったわ、そう言ってみたりします。

f:id:monna8888:20191004025303j:plain

入場料を払って入るグリーン・ゲイブルズには、1階にマシューの部屋と台所があります。マシューの帽子だ!

f:id:monna8888:20191004025411j:plain

わかった、あれがいちご水、アンがダイアナに誤って飲ませてしまったお酒!

f:id:monna8888:20191004025522j:plain

そして2階にはアンの部屋が・・・見た瞬間に、涙がぶわーっと吹き出て来ます。マシューが買ってくれた提灯袖の茶色いドレス、アンが提げていた絨毯生地のバッグ、ギルバートを叩きつけた黒板、マリラが用意してくれた実用的な普段着・・・どれもこれも本で読んだとおり、映画で見たとおり。アンがマリラとマシューに出会って本当に良かった、アンがこの窓から眺めた景色、物語とは思えないほど自分の思い出かのように血肉となって私を作り上げているもの、アンと一体化したかのように。マリラの部屋のブローチも、客間も、雇ったフランス少年の寝床も、全てが記憶のように胸に蘇ってきます。「連れてきて良かった〜。さっき、門と同じようにアンの部屋見て号泣しよった女のひとがおったよ。違う国から来てアンの部屋見て号泣する女がふたり」TPがそう言っています。

f:id:monna8888:20191004030347j:plain

恋人たちの小径も。

f:id:monna8888:20191004031057j:plain

おばけの森も。孫と娘に支えられるように歩くお婆さん、ひとりで物思いに耽っているひと、とにかく女性たちはうっとりと、誘われるように敷地内を自分の世界に入り込んで夢を見るような顔で歩いています。彼女たちに連れられてきたであろう男性たちは、あちこちのベンチに腰掛けてただ時間が過ぎるのを置物のようになって過ごしています。

f:id:monna8888:20191004032621j:plain

おばけの森を抜けると、そこにはモンゴメリーさんのお墓がありました。

f:id:monna8888:20191004032646j:plain

世界中のモンゴメリーファンのひとたちが、小さい贈り物を墓石の上に置いて行っています。小さくて、きっとモンゴメリーさんが喜ぶような小物たちを見ていると、胸がポーっと温かくなります。

f:id:monna8888:20191004033751j:plain

観光バスが去ってしまうと、ほとんど誰もおらず、私とTPだけになります。

f:id:monna8888:20191004033841j:plain

モンゴメリーさんが結婚式を挙げたという教会や

f:id:monna8888:20191004034125j:plain

野原の珍しい花を見て。

f:id:monna8888:20191004041819j:plain

ホテルのチェックインが、14時から17時の間だったので、ホテルに行ってみます。ぽっちゃりしたハスキーボイスの少女が受付をしてくれます。ずいぶん古い建物。傾いた廊下をギシギシ言わせて上がって、部屋に荷物だけ置いて、また出発です。f:id:monna8888:20191004044043j:plain

モンゴメリーさんの生家へ。「世界中で翻訳された本があるのよ」と受付のお婆さんが本棚を案内してくれます。私も何度も読んだ、赤い背表紙の文庫本もあります。モンゴメリーさんが作ったというスクラップブック、キレイな絵と小説の切り抜きが山程あります。

f:id:monna8888:20191004045150j:plain

この部屋でモンゴメリーさんが生まれたのか、じーんとしながら。

f:id:monna8888:20191004051300j:plain

また車に乗って、今度は輝く湖水へ。もう18時過ぎ。一旦ホテルに戻りましょう。帰ってみると外には鍵がかかっていて、受付は無人で電氣も消えています。

f:id:monna8888:20191004053807j:plain

無人のロビーを抜けて

f:id:monna8888:20191004053814j:plain

階段を上がってみたり、1階のロビーを探検してみたり。

f:id:monna8888:20191004055114j:plain

チェックインが14時から17時って、それを過ぎたひとたちは自分で外に張り出されている鍵を取って部屋に入るってことなんだ。つまりセキュリティ不要の宿なんだ。

f:id:monna8888:20191004063128j:plain

少し散歩してから部屋に戻るなり、慣れない運転でぐったりと寝付いてしまったTPを残して、テラスで一服しながら缶ビールを飲みます。宿に置いてあった松本侑子の本を広げてみると

f:id:monna8888:20191004063402j:plain

何とまあ。私たちがいるこの宿が、レイチェル・リンド夫人のモデルになった、モンゴメリーの親戚の家だと書いてあって、椅子から転げ落ちそうになります。

赤毛のアンへの旅〜秘められた愛と謎

赤毛のアンへの旅〜秘められた愛と謎

 

沈みゆく夕日を眺めながら、読み耽ります。 

f:id:monna8888:20191004063809j:plain

今朝見たばかりのホーランド大学、あそこにモンゴメリーさんが通っていたこと、世界中の文学の引用が赤毛のアンには入っていること、それが隠喩になっていること。そして老いたマシューにアンが「私が男の子だったら」と言ったとき『「わしは一ダースの男の子よりも、アンの方がいいよ」マシューはアンの手をとり、掌でぽんぽんと優しくたたいた。「いいかい、一ダースの男の子よりもだよ」』このところでもう涙腺崩壊。私は2階に駆け上がって、寝ているをゆすり起こして「この宿、レイチェル・リンド夫人の宿やったってよ」「この本にマシューの台詞があるよ」などと泣きながら訴えます。寝ぼけ眼でチラッと写真を見たTPは「本当、良かったね」と言ってまた眠ってしまいます。運転おつかれさま。

ホテルの周りを見渡しても、シーズンオフで一軒のレストランも開いていない村。何時間経ってもTPは起きないし、私もロブスターでお腹いっぱい。ビールだけを飲みながら、誰もいない宿のテラスで、誰も通らない道を眺めます。波の音がずーっと聞こえています。とっぷりと日もくれて。ところでPEI産のワイン買ったはいいけど、コルクを抜く手段がない。近所を歩いてみると、一軒だけ開いているコンビニが店じまいをしています。店のお爺さんに、ワインオープナーはありますか?と尋ねると「そうさなあ、年に2〜3回は聞かれるけど、ワインオープナーは無いなあ。ちょっと考えてみよう、いや、やっぱり無いなあ」と優しく答えてくれます。マシューの口調で。

夜10時、寝る前にもう一度部屋を出てテラスに降りると、ロビーでサンダーバードに出てきそうないかにもアメリカ人的な中年夫婦と出会います。外に引っかけてあった鍵で入って来たんだな。ハイと声をかけたものの、ハイとだけ返してくれた後はもう目も合わせようとしないので、私も目を合わせようとせずに真っ暗なテラスに出ます。一服しながら、夜空を見上げます。水平線のわずか上、目の前に北斗七星があります。ザザーッと波の音だけが聞こえています。TPはもう起きないのかな。晩ごはん、結局食べなかったな。