修道院の宿をリュックを背負って出て、駅へ向かいます。ほっ、今日も切符が買える。すっかり券売機に慣れたことが、買わない切符を検索したりして今やオモチャのようです。駅名の後にある謎のhbfという文字は中央駅の意。これがないと、ひとつ先の駅だったり手前だったりします。東京だって荻窪と西荻窪は違う駅ですからね。駅前の殺風景な景色から、まずはブランデンブルク門を目指します。てくてくてく。大量の観光客が、同じ場所を目指しているので地図を見なくともたどり着けます。
TPは巨大な門を見上げて、感心したような魅入ったような顔でいつまでも眺めています。私は斜め前のスタバに入りたいなーと思っていつまでも見つめています。今日は歩けるだけ歩こう。今回の旅行でこれまでと一番変わったところは、私がうんと歩くようになったところです。TPも驚いています。とにかく、歩きたくて歩きたくて、たまらない感じなのです。一体どうしたんだろう?歩くのがちっとも苦じゃない。門からまっすぐに伸びる道を、天高くそびえるテレビ塔を目指して、てくてく歩きます。数日前に読んだ「ヨーロッパ美食紀行」に出ていたカレー味のソーセージを露店で買います。コーヒーを注文していたシャーロットランプリングみたいな格好いい女性が、あなたたち何頼んだの?と言うのでカリーブストの文字を指差すと、どっちにしたの?と言います。どっちでしょう?カリーブストとしか言っていないと答えると店の人に聞いて、皮つきの方ねと教えてくれました。いい選択みたいなことを言っていました。ベルリンの10月24日は、石畳で足の先からお腹のあたりまでじんわりと確実に冷える氣候。ランプリング先輩の飲んでいる露店のコーヒーがとても美味しそうに見えます。1時間ほど歩いて、だんだんと身体が温まってきました。
テレビ塔をぐるりと回って、まだ歩きます。ベルリンの中心街は、どこまでもショッピング街。お台場のような景色です。昔の景色はどんなだったんだろう?もうすぐ、あの壁のあるところなのに。道路はだだっ広く、ショーウィンドウはキラキラで、観光客はショッピングバッグを抱えていて。高架下で、紙コップを前に置いて、拾って来た布団を敷いてうつろな目で笑ったり、号泣したりしている青年たちの集団がいました。わんわん泣いている青年を見ると、駆け寄って抱きしめたくなりますが、拒絶されて殴られたら辛いのでグッと我慢します。愛情が欲しくてたまらないような顔で泣いていました。今日の宿候補は、巨大な宿泊所です。安くて、若者たちから家族づれ、中年、老年、色んな人たちがぞろぞろと入って泊まることができそうな巨大マンション型の施設。まだ昼の13時だけれど、TPが風邪をひきそうな感じの、少し震えるような、お腹が痛そうな表情でくたびれていたので、チェックインの時間は15時と言うことですが、この人が体調が悪くて…と言うと、すぐに「OK、ノープロブレムよ。もうベッドメイクは済んでいるからすぐに入っていいわよ」とカードキーをくれました。75.6ユーロ。部屋は狭くても清潔。日本で言えばスーパーホテルの巨大版みたいな感じでしょうか。TPはトイレに駆け込んで、ぐったりと横になって、声も小さくなってしまいました。窓から、ベルリンの壁は見えるかな?と覗いてみたりしました。ここまで歩いてきたベルリンは、どこも都市、都市、近未来都市だったけれど、ここでは壁の落書きや、廃墟も並んでいます。
ひと休みして、リュックを置いて出発。ドイツでは土日はほとんどのお店が休みになるとのこと、一部の移民系のお店しか開いていないとガイドブックに書いてあったとおり、人が多い割にレストラン街は閑散としています。駅裏のケバブ屋でお昼ごはん。うさん臭いヒゲをはやした店主は、薄いクレープ状の生地で包んで丸めた筒状のケバブをイチオシします。肉入りか肉無しかを何度も確認するので肉無し、2本か1本かを何度も確認されて、1本だと答えると少しガッカリした顔。やっぱり肉入りと言うと大きく頷いています。軽くふたり分はありそうな巨大なケバブ巻きを食べていると、店主は私の顔をまじまじと見て「…一体お前は何人なんだ?ベトナムか?アジアでも色々あるだろう、ベトナム、チャイナ、タイ」と言うので、「ヤーパン、ヤポーン?」と答えてみます。日本人というつもりで。すると納得したようで「ヤーパンか!よし」と言います。すかさず奥から店の人だかお客だかよくわからない男が現れて「こいつはベトナム人か」と店主に聞いています。「こいつはヤーパンだ」店主がそう答えると、その男も納得したような顔で頷いていました。日本で暮らしていて「あなたはベトナム人ですか?」と尋ねられたことはないけれど、ベルリンではベトナム人に見えるのかな?自分が国籍不明の人になったようで、とっても嬉しい。
ドイツのスズメは、何だかシュッとしています。今回の旅行中に読んでいる本、「ある小さなスズメの記録」には、イギリスのスズメはほっぺたの黒丸がなくて何だか間が抜けたような印象を受ける人もいるかも、そう書いてあったっけ。
ある小さなスズメの記録 人を慰め、愛し、叱った、誇り高きクラレンスの生涯 (文春文庫)
- 作者: クレアキップス,Clare Kipps,梨木香歩
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私はあのとき、学生でした。歴史の教科書でドイツに東と西を分ける壁があると教わって、その後、突然に壁が壊されてもなお、歴史が動いているという実感が、それほどありませんでした。歴史に鈍感だということは、歴史を実感していなかったんでしょう。壁の裏表に描かれている絵を見ながら、何だか自分の無知さをお詫びしたいような、でも今だって同じような心境なような、変な氣分になります。見渡せども見渡せども、ほんの少しの廃墟以外は、全てが都市化されていて、あらゆるものがあるのに何も無いような街。
ベルリンで初めて電車に乗ってポツダム広場へ行きました。改札のない電車に乗って街を眺めていると、ヤクザよりももっと怖そうな、たった今人を殺してきたかのようなアルパチーノ風の係員の人が、検札を始めます。私は日付打刻機でちゃんと日付を押した切符を、堂々と見せます。切符を持っていない男の子たち、言い訳無用で次の駅で降ろされています。走って逃げたら逃げられそうなのに、逃げないということは余程検札の人が怖いということ。恐ろしいほどの金額を払わされるよう。こんな目に合うくらいなら、切符は買っておいた方が良さそうです。今度はソニービルの3階にある映画博物館へ。まるで今でも艶やかに生きているかのようなデートリッヒさんの衣裳を抜けて、TPが見つけた瞬間に声をあげて喜んだのは、フィッツカラルドの山を越える船の模型でした。まさか本物が見られるとは夢にも思わなかった!じーっと眺めて。スタバでコーヒー、おいしい…。朝にも訪れた門をまた見て、日が暮れて。
とりつかれたように歩いて、何となく入ったレストランはドイツ料理がメインの氣さくなお店でした。ドイツ風スープと、ドイツ風ハンバーグを頼みます。またしてもてんこ盛りのお皿を前に、目を閉じてその美味しさを味わいます。他のテーブルではてんこ盛りのお皿をひとりひと皿食べている様子を眺めながら、日本人って胃袋が小さいんだな、シェアしているひとって誰もいないんだな、西洋人って頼んだものでも本当によく残して帰るんだな、などと思いながら、合宿所のような宿に戻って、窓から外の景色を眺めました。ガイドブックを見ると、中心地の地図、そのほとんどを歩き回ったことがよくわかります。どこまで歩いても、生活感がない街。ベルリンって元々はどんな場所だったんだろう?歩いていてもホテルを一度も見かけなかった。巨大な宿泊所のベッドに横になりながら、ここは本当にベルリンなんだろうか?まだまだ掴めないことに、少しだけ焦るような感覚がありました。