子どもの母

和室の襖を父がドンドン!と叩いて、そろそろ起きんか!と言っています。帰省するとどうしてこうもよく眠れるんでしょう。母が居間でトドのように横になって、朝に買ってきてくれたらしいサンドイッチをテーブルの上に袋に入ったまま置いて、食べりぃなどと言っています。近所で買ったサンドイッチ。私はお腹がすいていないので食べなかったけれど、TPはパクパクと食べています。

歯医者に行ったと言う父の帰りを待って、荷造りをして下関へ。子どもの頃は福岡から下関に行くのに2時間ちょっとかかっていたのに、今では高速が伸びているので1時間20分ほど。歯医者から戻る父を待って、母の運転で下関まで向かいます。


今回の帰省での私からの唯一のリクエスト、焼肉のやすもり。母方の祖母が洋服屋さんをやっていた商店街のすぐ近くで、焼肉を食べることです。これからもう棺桶に片足を入れているであろう父方の祖母を見舞うと言うのに不謹慎なことだとは考えずに、祖母から比べると若い私達は不謹慎な存在です。カルビ、ミノ、ハラミ、ビール、焼酎、センマイ刺、ナムル、カルビ、カルビ。あまりにも美味しいことと、子どもの頃、今日は贅沢しよう!というテンションの時に何度も連れて来てもらったこと、そのときにここの焼肉が私の中の焼肉の基準になってしまったことだけでもお腹いっぱいになりながら、カルビの美味しさを目がうつろになるほどに堪能します。20代になるまでほとんどの肉を、九州産の牛と時々の九州産の地鶏で育ったものだから、牛と地鶏だけが正解になってしまっている舌のことを思うと、今ではすっかり晩ごはんに安い豚肉をせっせと買って、何とか食卓に乗せています。焼肉のやすもりのお手洗いには、創業60年、親子4代でご愛顧いただいています、そう書いてあります。祖父母に連れて行ってもらって、弟夫婦には甥っ子姪っ子がいて、本当に親子4代です。


焼肉を食べた後、父方の祖母の老人ホームへお見舞いに。祖母は私と目が合った瞬間に、泣きそうな顔でいて満面の笑みを見せてくれて、手をギューッッと握ってくれました。これだけで十分。すぐに、遠い目になって、揺すっても話しかけても反応しなくなったけれど、さすがはおばあちゃんだな、お嬢様氣質だから、下々の者にかかずらわっている時間は無いのよ、そんな顔になりました。手をずーっと握りながら観察していると、もうあの世に行こうか知らん?でもこうして息子夫婦と孫も来てくれているし、私はお姫様だからもう少しだけ、この世にいてやってもいいわよ、そんな表情です。

ずっと介護に通っている母は何度もため息をついて、とうとうお婆ちゃんが喋らなくなった、切ないわーとあまりにもめそめそしているので「生まれ変わってもまた、嫁姑になりましょうねって言ってあげたら?」と言うと、冗談じゃない!とのこと。それとこれとは違うらしい。「今度はあたしが姑になって、うんと苛めてやりたい」などと父の前では禁句のようなことも平氣で言っています。父の苦笑い。

次は母方の祖母のところへ。母がまだ高校生の頃、祖母と再婚した爺ちゃんのことをどんどん嫌っていて、連絡したくないと言います。お金がないと何度も言うから毎月2万円を上げているそう。私から見るとかつてパチンコで借金まみれだった母は何度もお爺ちゃんたちにお金をもらっているので、トントンだろうと思っています。無理を言って爺ちゃんに電話して、下関に来たよ、ちょっと寄っていい?と祖父母の家に寄ります。以前はお布団だったはずなのに、今や爺ちゃんもベッド生活になっています。TPと用意したお金、たった1万円の封筒を渡すと「なしてねー」いらんいらん、と受け取ってくれません。本当に少ないけんと無理やりにテーブルに置いてきます。爺ちゃんが生活が苦しいと言うのは、本当のことだと思います。午前中ずっと婆ちゃんを見舞ってくれていたという爺ちゃんも再び、一緒に婆ちゃんの入院している病院へ。

婆ちゃんの病室へ入ると、キョトンとした目です。あなた誰?と言うので「わたしよ。孫。ほら、ダンナさんのTPも一緒よ」と言うと、「TP君?TP君のお嫁さんってことは…」しばらく考えた末に「あんたかーん!いやービックリした、全然わからん。ほら爺さん、このひと、すぐわかった?」と爺ちゃんにすっかり変わったと言う私のことをわかるか確かめています。そりゃーわかるわと爺ちゃんが答えてくれて。これから川棚温泉に連れて行ってもらうと言うと、ニコッとして「うんと甘えなさい、楽しんでおいで」とのこと。それにしても私てすぐにはわからなかった、ビックリした、何度もそう言う婆ちゃん。また明日、来るけんね、そう手を振って爺ちゃんと婆ちゃんと別れます。母は、自分の母親が意識が遠のいたからとため息ばかりついていたけれど、今日は元氣になっていたから良かった、それでもまた、私と婆ちゃんが話しているところを見てめそめそ泣き出して病室を出て行きました。

次の病院は、母方の祖母の妹の旦那さんです。糖尿病の検査に病院へ行ったら、即入院と言われて入院したらみるみる意識が無くなって、寝たきりになりたての人。このおじちゃんを私は大好きです。いつでも不機嫌だった父がこのおじちゃんのところへ行くと、面白そうにからかわれて、誰もが大笑いしていたので。いつでも大好きなおじちゃんは、たくさんの子どもたちがいる親戚の中で、いとこのいない私と弟にも分け隔てなく、子どもたちの一人としてたっぷり接してくれた人。その人が今は酸素吸入器をつけて、意識は全く無く、口を開けて舌を出して、面会謝絶の部屋で、寝そべってただ呼吸だけをしています。おじちゃん、いつもありがとう。子どもの頃、たくさん笑わせてくれてありがとう、分け隔てなく私を受け入れてくれてありがとう、たっぷりの感謝を込めてお腹やらおでこやら手をなでます。


病院の駐車場へ戻る途中で、チラッと見た花壇に四葉のクローバーを見つけました。ツンッとつんでみます。母が、母方の祖母の妹に電話をすると、ちょうど今、お見舞いに向かっている途中とのこと。雨の中、車の中でじっとおばさんの到着を待ちます。しばらくして久しぶりにおばさんと会うと「よく来てくれたねぇ」と弱っている様子。大分のTPママからもらった三笠野というお菓子と、四葉のクローバーを渡すとおばちゃんは、キューッと泣くような顔になって「ありがとう。四葉のクローバーでこうして、こうして、顔をこするわね。先生は山を越えたって言うんじゃけど、意識が戻らんで」おばちゃんと会えずに病院を出ようかと思っていたけれど、会えて良かった。


3人の、もうすぐ死にそうな人を巡るツアーだった。母は興奮したのか信号無視をして覆面パトカーにつかまりました。そして、福岡の両親がおすすめだと言う、川棚温泉の旅館へ向かいます。



行きしなに父が何度も「せっかく雰囲氣がいいのに、入り口のサッシが好かん」と言っています。そんなことくらいで!と笑っていたけれど、ようやく到着した川棚温泉の旅館、小天狗に入ってみると、なぜ部屋の入り口のドアがアルミサッシなんだ!と父よりも私の方が熱くなるほど、田舎の風情満載で、ただボーッとできる、安心感のある旅館。母の携帯に、さっき会ったばかりの祖母の妹から電話が入りました。どうやらおじちゃんは峠は越えたけれど、喉を切開して胃にチューブを入れるらしい。「おじちゃん、目が覚めたら喉にチューブが入っとったら、驚くやろうね」と言うと母も「おばちゃんもそれを心配して。あのひと、目が覚めて喉に穴が開いちょったら怒るんやないやろうかって言っとった」とのこと。「それより、大分のお母さんからもらったおまんじゅうが美味しかったって!」やわらかくて、ものすご美味しかったらしい。「ようお礼言うとって」旦那さんが生死をさまよっているおばちゃんも、差し上げたばかりのおまんじゅうをすぐに食べて、美味しい!そう言ってくれたことが嬉しくて、大分の母にも感謝、感謝です。TPママ、ありがとうございました!


これまで、死人を巡るツアーにただ一人の部外者だったTPも、この旅館に入って義理の両親と離れた部屋に案内されるとようやくひと心地つけたよう。24時間源泉掛け流しだと言う、川棚の温泉にとっぷりと浸かって、カツラのような髪の毛を乾かして、TPと川棚の町を散歩します。


すれ違う子どもたちが「こんにちわー」と条件反射のように挨拶してくれます。お寺の鐘がゴーンとなります。だんだんと日が暮れて行きます。



父と母がオススメだと言う、瓦そばの老舗で晩ごはん。それはそれは絶品、古民家で、サービスも抜群で。川棚そばと、うなめしを食べながら、父の「うまかろうが。美味しかろう。うまかろうが」攻撃の銃弾をくぐり抜けるように、美味しいです!と何度も言います。

歩いて旅館に戻り、それぞれの部屋に入った後、父がまだ飲み足りないんじゃないかと父母の部屋をTPと尋ねます。


父は、爆睡していました。思いがけず、母が喜んでくれて、歌番組を一緒に見ます。

母も眠たそうなので一旦、部屋に戻って、しばらくして、母を温泉に誘います。


ふたりで温泉に入るとようやく、母は興奮して意地悪な母ではなくて、いつもの可愛い妹みたいな、時々姉みたいな、そしてやっぱり母みたいな存在に戻りました。

かけ流しの温泉に浸かりながら、たっぷりとお喋りをします。超意地悪だった父方の祖母が、今では「あなたが私の命の絆」と言ってくれていること、他の親戚はあまり面倒を見てくれないこと、祖母が亡くなったら自分の母親に会いに行きづらくなること、福岡から下関まで通うお金のこと、色々と話してくれます。30分経ったところでもう上がろうかと言うと、いやー、もうちょっと入ろうよと言うのでまた露天風呂で、たっぷりと母と話しをします。のぼせるほどに、母の氣が済むまで。


ようやく母が、いつもの母に戻って良かった。やっぱり帰省してすぐには、外向けの母の顔だったけれど、温泉に浸かっているといつもの可愛い母に戻ってくれました。