ヘルシンキ、劇的な場面

明け方、トイレから戻ってきたTPが「俺のコーラが無い・・・」たいそう落ち込んでいます。「まさか!あろうもん」と抜き足差し足で冷蔵庫を見に行ってみたものの、本当にありません。そもそも、初日に「君たちはこの段を使うといいよ」と言われたところに1.5リットルのコーラが入らなかったからと、ドアのドリンクポケットに入れておいたとか言ってたっけ。そのコーラがこつ然と姿を消しています。台所をよーく見渡すと、洗って伏せておかれたコーラの空きペットボトルが。

TPにも、空っぽになって容器だけ洗ってあったよ、と報告。「楽しみにしとったのに。でも1.5リットル、全部飲む?飲めるかいな」とか言うので「男の子4人やもん。きっとトーマスが飲んだっちゃない?ゲームしよった子。誰かが飲んだら、他の子も自分ちのものと思って飲むよ」とか答えます。コーラを飲まれたなどと家主に言うのは、やっぱり氣が引けるので、この事件は迷宮入りにしました。

 

さて、二度寝して7時30分起き。台所ではリクさんと息子たちがパンにケチャップを塗ったようなものを食べています。TPにもう一度「今日から留守にするけれど、 何かあったら長男のニコラスの電話番号をメモしておくから、いつでもかけてね、近くに彼らの母親も住んでいるから、すぐ来られるから」と言ってくれています。私が「セルヴァ!(フィンランド語で、了解!のつもり)」と答えると、リクさんはプッと吹き出してくれます。別れ際、わざわざ日本式に頭を下げてくれました。「あなたたちが、フィンランドの文化に興味を持ってくれてうれしかったです、サウナや料理、ヌークシオの森、そしてカウリスマキ。どうもありがとう」こちらこそ、お世話になりましたと頭を下げて、なるべく日々の行動を伝えるようにしていたことを思い返します。リクさん家、本当にキートス。そしてモイモイ、またいつか会いましょう!と言ってヘルシンキ散策に出発です。

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朝ごはんは、TPが「フィンランドで一番古いカフェだって」と楽しみにしていたところへ。モーニングはビュッフェだったので、ゴルゴンゾーラを2回お替りして、たっぷり堪能します。TP「このパン、おいしい、俺このパン好きやわ」というものは、何かの種がいっぱい乗ったパン。へ〜、そんなパンが好きなんだー。

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旅の隊長、TPが考えてくれた今日の予定はまず、スオメンリンナ島。ひとり7ユーロ(往復)の切符を買って船に乗り込みます(TPが、あれ?地球の歩き方には5ユーロって書いてあるけどとか言ってた)。15分ほどの船旅です。

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あ、着いたと思って降りようとしたところ、係のひとが「スオメンリンナ?ならここは違う島よ」と教えてくれたのでまた船に戻ります。危ない危ない。

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やがて本当のスオメンリンナ島に到着します。5月のヘルシンキ、どこもかしこも、タンポポが満開です。

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カラスが丸いものをくわえて飛んできて、河原に降り立って、つついているので覗き込むと、玉子(普通の、ニワトリの玉子と同じ大きさ)の殻でした。中身は無かったけれど、 血筋がついていたので、きっと雛を食べたんだなと観察します。かもめの玉子かも知れない。かもめだらけだから。

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 よくわからない葉っぱ、一枚が巻くように開いているタイプなので写真を撮ります。

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お土産屋さんにある、ロッカーの鍵かわいい!!木のボールに紐がついていました。

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外壁工事中。工事のひとたちの作業着も、おしゃれだしとても良く目立つ蛍光色です。ゆったりと景色を見たり、同僚に声をかけて笑ったりしながら働いていました。

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島中を散歩して、私は離れたベンチを見つけた。ここは私の場所だ!レストランやカフェを散策していたTPに手を振って、呼び寄せます。「いい場所見つけたやん」「やろ?最高やろ。やっぱり、ひとがおらんのって最高!」「・・・もっと、がんばるわ。がんばって予定立てよう」どうしてそういうことになったのか良くわからない会話を交わして、海辺で、誰も通らないところで、ゆーっっくりとします。

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よくわからない鳥もいっぱい寄ってきて。今日は、サウナを予約したから、そろそろ戻りましょう。フェリー乗り場でチケットを見せようとすると、どうも乗ってきたフェリーとは違う、5ユーロでぎゅうぎゅう詰めの船です。おかしいな?と看板などをよく見てみたところ、私たちは私設のフェリー、こちらの安いフェリーは国鉄のフェリーみたいな感じだということがわかりました。ということは、トラムも電車もバスも乗り放題のチケットを買えば、このフェリーにも乗れたのか?と疑問が湧いてきて、また私設フェリーに乗って市街に戻って、あらためてチケットの自動販売機で1日券、2日券の値段を出して、私のメモ帳で計算したところ、明日、空港まで戻る電車、これからサウナまで移動するトラムとバス、全て計算すると、2日券を買った方が圧倒的に安い(10ユーロ以上お得)ということが判明します。あー、今まで何やってたんだー!ヘルシンキで乗り物に乗って観光するなら、速攻で1日券とか2日券を買うこと。教訓です。

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こないだサーモンスープを食べたオールドマーケットで、今度は別の店で、チリコンカン9.5ユーロ。TPはサーモンサンド5ユーロと、7ユーロのバインミーを買っています。

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サウナまで時間があったので、2日券でリクさんちの近くの岩の教会へ。リクさんたちも子どもの頃からここに通っているそう。

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またトラムに乗って。

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トラムを乗り継いで、またバスに乗って、予約したサウナ「ロウリュ」へ。トラムもバスも、中央駅前の路線図でじーーっと観察してから乗り込むと、だんだんと地理感が出てきて、どこへだって行ける自信がでてきます。サウナの受付では、予約をしていなくて断られるひとたちが次々と、でもどういうわけか、受付のひとたちはとても自然で、軽い感じで「予約でいっぱいなの」みたいな感じ、今までヘルシンキで訪れたどこの場所でも、同じように軽さのある対応を受けていることをあらためて思い返します。この軽さを忘れずに持ち帰りたい。

16時の、サウナの開店時間と同時に入館したので、まだお客さんはポツポツです。今日も水着に着替えて、シャワー室でTPと待ち合わせて、まずは薪のサウナに入ります。係のおじさんが入ってきて「水をかけるぞー、準備はいいかい?」と石に、ジャーッと水をかけると一氣に熱風が。私は日本の銭湯のサウナのように、持参していた手ぬぐいで顔を覆います。どうやら他のお客さんの会話を聞いていると、アメリカ人、イギリス人、ドイツ人、日本からの留学生みたい。私が手ぬぐいで顔を覆っているのを見て、とてもうらやましそうに(そう見えた)、熱々の蒸氣から顔を手で覆って、誰もが苦しそうにしています。(フィンランドで、手ぬぐいを売る商売を始めたらどうか知らん?暮らして行けるか?そもそも、手ぬぐいをどこから仕入れる?かまわぬ?)

身体が温まったので、海岸に出ます。テラスから木のハシゴを降りて、海水に足をつけると、ヒヤッ!とても無理、みたいな温度。それでも、冷たいことを無かったかのようにゆっくりと身体を沈めてみます。藻がいっぱい。ハシゴから手を離して、犬かきしてみます。冷たくて脳天まで冷える、これは死ぬかも知れない、あわてて犬かきでハシゴまで戻ります。1メートルしか泳げなかったけれど、これは死ぬかも知れないから犬かきを止めようと思って、ハシゴを上がって、テラスに戻ってみると。

 

これまで感じたことのないほどの(おとといもサウナに入ったのに、それとはまた違う、身体の中心からの)開放感、視界がくっきりして、寒くもなく暑くもなく、胸の底からいっぱい空氣を吸えている感覚、満たされていて、自由で、観光客とかバーのひとたちがちらっと見ていても全く氣にならない、すさまじいほどの開放を感じます。

 

最高!とTPに言うと、TPもハシゴを降りて「冷たっ、やばい」一度目は足だけ、またサウナに入って今度は全身、少しだけ犬かきをして上がってきました。どういう仕組だろう、日本のサウナと水風呂ともまた違う、薪の煙が身体に入ってきて、チューニングしてくれるような感覚。他の旅行者のひとたちとも、海水冷たい?冷たいけど入ってみたら最高ですよ、みたいな会話を交わします。

 

40分ほど、入ったり出たりを繰り返して、またバスに乗って、オリオン座へ。カウリスマキが子どもの頃から通っていた映画館、今は名作や少し前の映画を流す二番館になっているそう。リクさんとの会話でも、オリオンに行くと言うと「あそこは子どもの頃から通っていたけれど、この頃は最新作の映画館しか行ってないなー」と教えてもらったっけ。何より、今日は家主不在なので夜の8時からの映画を観ます。フィンランドの映画監督ということだけは、予定表でわかったけれどどんな映画だろう?

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受付で、セパレートかトゥゲザーかと聞かれて、ん?どっちがいい?と聞き返すと、どっちでも、あなたたち次第みたいなことを英語で返されたので、トゥゲザーで、と答えます。ひとり8ユーロ。

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トイレのシンプルさ。ロビーに戻るとTPが「あの女の人、有名人みたい。映画館のひとがDVD持ってサインしてもらって、他のお客さんもサインもらいよった」どなたかわからないひとだったけれど、とっても素敵な白髪の女性です。お客さんは30人くらい。映画館に入るとき、受付でセパレートかトゥゲザーか尋ねられたくらいだから席が決まっているのかと思って、どこに座ったら良いのかと尋ねると、どこでもいいわよ、エニウェアー、フリーと言うので少し後ろの方へ。

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やがて映画は始まって。20年以上前の映画らしい、夜の湖に浮いた花と、女性のナレーションで始まる幻想的な映画「Suolaista ja makeaa」これがタイトルなのかどうかもわからないけれど、とにかく元氣な女の子(という設定だけれど実際は30歳くらいに見える)が、好きなひとを他の女のひとから奪ったけれど、その男の愛も信じられないのか、お互いに嫉妬させるような行動を繰り返して・・・。まず、20年前のフィンランドが、とてもアメリカにあこがれているように思えます。今のヘルシンキはどこもかしこも洗練されていて、何を見ても、どんなものも安定したデザイン。それが映画の中ではわざとダサいもの、わざと奇天烈なデザインがあれこれ出てきて、胸を打たれます。

ふと横を見るとTPが白目を剥いています。今日もあちこち散歩して散策して、くたびれたもんね。

それほど長い映画じゃないのに、一日の疲れからか私も白目を剥きそうになったころ、やっと映画が終わりました。すると、何とまあ、少し予想していたけれどやっぱり、まさかの舞台挨拶が始まります。ロビーでサインを求められていた女性が監督らしい、そして主演女優のひと(白髪になった今でも、輝いていた)、友だち役っぽいひと、脚本家役っぽいひと、脇役っぽいひとたちが、フィンランド語で、質疑応答まで、少しだけ後ろの席のアジア人をチラチラと見ながらどんどん舞台挨拶は進んで行きます。私はもし当てられたら「私はカウリスマキ監督のビッグファンです。今日はたまたま映画を観に来たら、このような作品と出会えたことに感謝します。フィンランド語はわからなくても、男女の駆け引きは世界共通、女のひとの強さはどこも一緒だなと思いました」と、つたない英語を頭の中で組み立てます。

まさかそんな場面もなく、普通に舞台挨拶は終わって、時間がきたので観客たちは退場しました。

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オリオンの隣りのトルコ料理屋?で、肉らしきものの薄切りの乗った定食を食べます。1100円くらい。ここでも、セパレートかトゥゲザーかと尋ねられて、ハタと、これはお会計を一緒に払うか別々に払うかという意味なんだな!と目が覚めたような思い。これまでの会計でそういう質問をされた記憶が無いので、フィンランドのひとたちはもしかすると、オランダとか日本とかと似ている、お金に対して堅実なタイプなのかもな、とか思います。

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映画館オリオンの隣りのトルコ料理屋?のトイレは、とっても清潔です。

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そして2回めの、カフェモスクワ。今観てきた映画の感想をゆっくり喋りながら。

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カフェモスクワの奥のビリヤード場。アキ・カウリスマキ映画にも出てくるらしい。

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もう今日は、家主も不在だし何時に帰ったっていいのだから。

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夜の11時前だと言うのに、まだまだ明るくて。誰もいないアパートで、洗濯機を回します。またTPはシャワーも浴びずに眠ってしまいました。アパートを出て、階段を降りて、携帯灰皿片手に路上で一服します。リクさんちのアパートの前のトラム乗り場を眺めていると、20代の女性が、ベンチに座っている白髪でお風呂に入っていないようで、身なりのボロボロな男性に「アールマー」みたいな掛け声をかけて近づき、ギューっと抱きついて、そのまま声を上げて泣き始めました。おいおいと泣き続ける女の子、どうして何年も連絡くれなかったの、みたいな雰囲氣で、お父さん(だと私が決め込んでいる男性)は、ただ娘に抱かれて、その涙を受け止めて、本当に申し訳なさそうにただ抱きしめられているだけ、やがて男性も涙をぬぐいながら「行方不明になってごめん、俺もどうしたら良いのかわからなくなって、死にたくて」みたいなこと(と私が決めつけている会話)をして、やがて父と娘はベンチで横並びに座って、肩を寄せ合い続けています。

 

すごい場面に出くわしたな。私も大人になってからは一度だけ、父にすがって号泣したことがあるので、同じ氣持ちだと思います。誰かに、全力でただ涙を受け止めてほしい、そんな感じの泣き方でした。音信不通のお父さんと出会えて良かったね、心からそう思いながら、家主のいないアパートに戻ります。

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 TPはまたしてもぐうぐう眠っています。今日が最後の民泊。誰もいなくてよかったね、今日までおつかれさま、行きたくないと言ったフィンランドにつれてきてくれて本当にありがとうと心で語りかけながら、冷蔵庫からとっておきの缶ビールを出してきて、ひとりでグビッと飲んで、うっとりしながら布団に入りました。民泊サイトでは清潔ってあったけれど、私はここに来てから足を何かしらかの虫に噛まれて、痒いなーとか思いながら。日本に帰ったら、どうやって過ごそうかな、この土地のひとたちみたいに春を喜んで、どこでも芝生があったら寝転んで、もっと自然にひとと接することができたらいいな、できそうな氣がするな、とか考えながら。